No.259 クリスマスを迎える 2006.12.17

クリスマスを迎える

 今年は何年だったかな?
 新聞の上の欄外を見ると、たいてい2006年(平成18年)などと、と印刷してあります。平成18年は日本の年号、2006年はふつう西暦と呼びますが、これはイエス・キリストがお生まれになってから、今年が2006年目だということですね。そのイエス・キリストさまのご誕生を祝う日が、クリスマスです。

 日本でも、キリスト教の行事の中でも、クリスマスだけは、早くからにぎやかに扱われました。デパートのクリスマス商戦にもてはやされました。真面目クリスチャンは、かえってこれを嫌ったものですがね。

 私は育った家庭がクリスチャンだったものですから、クリスマスの朝は楽しかったです。それは朝、目が覚めてみると枕元にサンタクロースからのプレゼントが置かれているからです。実は親が用意してある贈り物(プレゼント)なのですが、子どもの私は長い間、実際に白ひげの赤い服のサンタクロースさんが持ってきてくれたものと思っていました。
 後になって、日曜学校の友だちから、あれはお父さんかお母さんが買って持ってきてくれてるんだと聞いてがっかりしたことを覚えています。

 私の子ども時代、昭和の初めのころですが。その頃はまだ、プレゼントという言葉は世間ではなじめない言葉でしたが、後に私にはイエス様こそ、私たち人類に対する神様からの贈り物(プレゼント)であるということがわかって来ました。

 問題の多い人生、思うようにならない人生、人にも腹をたてるが、自分にも腹がたつ、情けない人生、これを解決し、救ってくれる人生の贈り物(プレゼント)としてイエス様を理解できたときから、私の人生は変わったのです。一切を肯定的に勝利をもって生きる明るい私に変わったのでした。《く》


そのなすところは皆栄える

 先週、水曜日、12月13日に、永井先生に招かれて、鳥栖市のクロスロード・ゴスペル・チャーチに伺いました。相良佐枝子姉も先生のご指名で私と同伴、多分先生のお考えでは老人牧師の私のための介添えでしょうか。
 懐かしい福田先生や遠藤先生がニコニコお迎えしてくださって、しばしゆったりと休めましたが、実は忙しいのです。さっそく永井先生お目当ての物件を拝見に行きます。そこへ、
 久留米のクライストチャーチ久留米の山下耕司先生ご夫妻も永井先生から招かれてお出でになり、その物件の場所に行きました。
 そこには3階建ての立派なビルがある。そこを新会堂として購入したいというのが永井先生のご希望。
 不動産屋さんの提示価格は5千万円。今のクロスロード・ゴスペル・チャーチはなんと言っても開拓早々、信徒の数は失礼ですが、まだ僅かです。5千万円は大きすぎます!
 私は先生の遠大な夢に呆れ、かつ感動していました。同行した山下先生は九大の建築科出身、メンソレータムで有名な近江兄弟社のヴォーリズ先生、知る人ぞ知る、宣教師にして名設計家、たしか阪急百貨店の設計者、この方のもとで研鑽を積まれた設計のプロ。そして、今は前述のとおり教会の牧師です。
 永井先生のねらいは、私については牧師仲間の祈りの同志として、山下先生には牧師の目と併せて設計のプロの目を持って、いま入手したいと願っているこの物件をたしかめ、かつ祝福してほしいという事でしょう。なかなかの心にくいほどの先生のお考えです。
 私はこのビルを見て、教会離れした、そして、どっしりした構えに圧倒されましたし、また教会としては意外性があって面白いと思いました。
 山下先生の評価はピッタリ、ズッシリくるものがあります。プロとしてのこのビルに対する見立ては、まず合格のようでした。
 しかし教会の建物として、まず天井が低くて音がこもりやすいなど、欠点をあげておられた。牧師としての視点が生きています。
 なお教会堂建設についての基本的留意点を語られた。これは今後、どこの教会も会堂建設の時、心すべき事と思われた。聞いてみれば、至極当然のことで、しかもうっかり忘れやすい事だと思われました。それはこうである。
 教会の建築は、外側は未信者の皆さんが見て、はいって見たくなるような魅力ある外観。内側は信者の皆さんが、内に入った時、礼拝と信仰の学びの場所として心に霊気注がれるような内部であって然るべきだと、と言うのです。これは正に、頂門の一針でした。
               *
 さて、この山下先生の名刺を頂きました。その名刺の第一行に、教会の標語と言うべきか、先生の宣教の第一宣言ともいうべき言葉が書かれてありました。そこには「その人は何をしても栄える」とあるのでした。
 私は息を呑みました。それは先生が信仰を持たれた時の、第一語がこれだったと聞いていたからです。それは永井先生のお膝もとで掴んだ言葉だったと言います。
 現在「イエス・キリスト福音の群れ」と称している、この群れの母なる教会は大阪の茨木教会です。
 永井先生が再起されて現在の偉業を果たされる第一歩はこの茨木教会でしたが、この教会で山下先生は約1か月住ませていただいたという。多分、英子先生の温かいお世話になったことであろう。
 その時のある礼拝で永井先生が詩篇第一篇でメッセージなさったそうです。
 その中で「その人のなすところは皆栄える」という3節の一句を用いて、メッセージされた。その一句が山下先生の肺腑をついた。先生の魂に熱い信仰が起こされたのだったと、今回私は初めて先生からお聞きしたのである。
 信仰の最初の一語は、その人の一生を支配すると言ってもいい。とは言え、それから20年も30年もたっても、なおその言葉をご自身の教会の標語としている。それを名刺に刷り込んでいる。これはやはり珍しいことだと私は思う。
 私にもそうした信仰第一歩の聖句があります。私にとり、神秘な言葉です。それにしても、現在の宣教の標語とはしていません。現在の教会の状況にふさわしい標語が他に与えられるからです。
 しかし山下先生には茨木教会での回心以後、ずっと続いてこのみ言葉が先生の心を離れないのであろうし、また信徒諸君にたいする牧会用語としても一徹の言葉なのであろうと思われた。
 私が息を呑んだ所以である。
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 さて、相良姉と同行、大分に帰るについて、永井先生がどうしても車で私たちを送るとおっしゃる。鳥栖から、九州横断の高速にのって一路、大分に向かう、ところで夕刻が近づき、由布院地帯にはいると、名物の霧が襲ってくる。とくに鶴見山麓を廻る頃、霧が深くなった。
 永井先生には運転にお疲れになるだろうなと、心配はするが、私も相良姉も「先生、運転代わりましょう」と申しあげても取り上げられないだろう。拝見しても、先生は闊達に運転して居られる。私どもは多少とも案じつつ先生の運転を見守っているままだった。
 すでに道路の左側にはずっとオレンジ色のガイドランプがついていた。長いランプの列が道の左側に長々とならんで私たちを迎えている。
 向こうの方で、たちこめている霧の中から次々とランプの光が浮かびあがってくる。そのとき、私は詩篇119篇105節のお言葉を思いだしました。「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です」と。
 私は山下先生を思い出した。山下先生がこれまでの生涯で、様々の難路を過ごされたであろう、その度に、私たちが今、霧の道のかたわらにオレンジのランプに守まれ、導かれて、車を勧めているように、人生の道を過ごされたのではなかったろうか。
 人生の危急、曲がり角、岐路、そういう時、日ごろ愛唱のみ言葉を想起して救われたなどということは良く聞く証しである。
 しかし今、この霧の中を走りながら、私は、山下先生は人生の馳せ場を、一瞬のたゆみもなく、「あなたのなすところは皆栄える」と御言葉のランプに導かれてきたのではなかろうか、と私は思った。
 時々のことではない。それは、人生の一生を通じて、先生を導いた人生句、足のともしび、道の光ではなかったか、そんなことを思わないではおられなかった。
               *
 私はちょうど、この教会の来年の「指標聖句」をどうしようかと考えているところでした。鳥栖で、山下先生に会って、このみ言葉をお聞きして、「ああ、来年は、このみ言葉を頂こう」。
 私自身、この言葉を私の一生の告白にしたいと思いました。それは、絶え間ない、心のなかの告白です。
 格別に大きなことを目標にしなくても良い。小さいこと、一個、一個。足一歩を動かし、一枚紙をめくり、ご飯を食べ、テレビを見る。そういう何でもない一つ、一つの動作、言葉、しぐさの一つでも、そこに神のみ栄えが表れてくださるように。
 お風呂にはいっても、一息ついていても、時にはパチンコしていても(おやおや、クリスチャンのくせに、牧師のくせに、パチンコなどするだろうか、ともかく)そこに神の栄光が表されるように。
 だからいつも、すべての我の身の周りに起こること一切が、神様からの栄光に満たされるのである。アーメン、ハレルヤ! 《く》

〔特別重要記事〕
 通常、ここは〔あとがき〕欄ですが、今回は特別記事です。
 この頁の上欄までを書いてしまった後、12月15日の朝ですが、突然永井先生から電話がかかってきました。「先生、ビッグ・ニュースです。佐賀銀行に5千万円の振込みがありました」。私は息をのみました。「くわしいことは後から言いますけれど」と先生の声。良かった、ともかく、5千万円の必要額が突然、全額満たされたわけです。私は腰が抜けそうな感じがした。そして「神様、バンザイ。来年の上半期には、あのビルが教会になりますね。さて、誰がそんな大金を送ってくれたんだろう。とにかく、神様は凄い。永井先生の信仰も凄い。こういう信仰のお裾分けがほしいなあ」。独りごとを言いながら、私は体が震えてきました。正に「そのなすところ皆栄えん」です、委細次号。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-12-19 11:21 | 日岡だより
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