No.245 動物園、水族館、教会 2006.9.10

動物園、水族館、教会

 北海道・旭川市の旭山動物園が評判である。この旭山動物園は、かつてその存続が危ぶまれていました。入場者がどんどん減り続けて、これ以上運営はむつかしいと思われていました。旭川市議会も「もう廃園しよう」と腹をきめかけていたそうです。
 こうした現状を打破しようと、飼育員たちは考え始めました。「動物園の使命は何か」と。そして、「そうだ、生きた動物たちを見せるのだ。彼らが楽しく生き生きと生きている姿を」。後に行動(生態)展示と言われる飼育法の発想でした。
 これはまさしく、現在の「うみたまご」、大分水族館を作り上げた哲学でなかったでしょうか。その発想者はかつての高崎山のサルの餌付けを始めた元大分市長の上田保氏です。ホラ貝とさつま芋でサルを一般市民の前に誘い出して見せたアイデア市長は、次はその高崎山の麓の海岸に水族館を作ろうというわけでした。
 上田さんは釣が好きで、魚の生態を知っていました。魚を釣るには瀬がいい。流れの無いところに魚は集まらない。額縁のような狭いガラスの奥に魚を閉じ込めているだけでは彼らは身動きもせず浮かんでいるだけ。見る側に魅力も無いし魚も可哀そう。
 そこで、厚いガラスを周辺に巡らした大回槽を作った。その中に水を貯めて流れを作ってやれば、魚は必ず大喜びで泳ぐだろう、それを見る入場者も喜ぶだろうと考えた。この上田案は大当たりだった。今、日本中の水族館がこれを真似をしている。
 さて私たちの教会はどうでしょう。信徒の皆さんが神妙な顔をしてベンチに座っている。賛美歌を美しく上品に歌っているのだが、どこか生気が無い。こういう教会が多いのではないか。聖霊の川の流れの中で、牧師も信徒も皆さんが喜々として元気である。そういう教会でありたいですね。《く》

 
目標を持とう
 
 先々週の福岡の神の愛教会の週報を拝見しました。見ると、報告の中で、前週の礼拝出席者数がありますが、それが50名になっていました。「やったあ…」と声をあげました。これまでも、ずうーっと神の愛教会の週報では「目標・礼拝出席50名」とあったからです。
 中山先生ご夫妻が、これまで飽かず、気落ちもせず(オットこれは失礼)、「礼拝出席50名」と目標を掲げてこられた、その信仰の達成です。
 先生ご夫妻の熱意ある目標設定と、またそれにふさわしいご努力もあったことでしょう。信徒のみなさんも、それに応えて伝道に、礼拝出席に努力してきたことでしょう。
 しかし、それに勝る神様のお力添えがあったに違いない。聖霊様が牧師先生以下、皆さんを励ましてくださったからでしょう。それらのことを思って、私は感激して涙が出ました。まさにこうして目標設定は達成されたのでした。
 目標設定と言うと、かつてのSMIの総師ポール・J・マイヤーの「人生成功の鍵は目標設定にある」を思い出す人は多いでしょう。たしかに目標設定という言葉はポール・J・マイヤーと表裏一体でした、そして又、松山福音センターの故・万代恒雄先生を思い出さざるを得ないことでしょう。
 さて長い間、中山先生が「礼拝出席50名」の目標を掲げてこられた様子を拝見しながら、「先生の目標、いつ達成するかなあ」と多少、私は傍観的に無責任に見ていたことを、今、お詫びせずには居られません。そして「先生、そして洋子先生、良かったですねえ」とお喜びせずにはおられないのです。
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 実はこうしたことが、無意識に私の心を動かしたらしいのです。私は先日、ふと「私のこの大分教会、10年先に千人になったら、すばらしいや」と心につぶやいていました。韓国や、それぞれの教会の大きい国の教会と違って、日本では教会は一体に小規模です。
 日本で一番大きい教会は大和カルバリー・チャーチでしょうか。牧師先生は大川従道先生です。私はこの大川先生のご説教を毎週拝聴して勉強しています。いわゆる潮干狩説教ですが、時にひょうきんで楽しい説教です。
 この大川先生の大和カルバリー・チャーチは信徒千人の日本には珍しい教会です。私は突然、この大和カルバリー・チャーチを思い出したのです。もっとも大川先生の教会の教会堂は見たことがありませんので、イメージとしては早速、手束先生の高砂教会の堂々たる教会ビルを思い出しました。私の思い浮かべるイメージとして拝借したのです。
 そして今、わずか30人そこそこしか会衆の集まらない私の教会、このキリストの福音大分教会のこれからの10年間の成長モデルを紙に書き始めたのです。これを書き出すだけでも苦労しました。
 そして、その表を恥ずかしげも無く、先日の祈祷会の席に持ち出して、「みなさん、私はこんな目標を仮に書いてみましたよ。神様に訴えたいのです」、と言いながら、ピリピ人への手紙3章13~15節を拝読したことです。
 「わたしは(中略)、ただこの一事を努めている。目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである」。
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 当教会の現在の会堂の献堂式を行ったのは1976年でした。その10日前に母が天に召されていました。私は母のとむらい合戦をいどむような気持ちでした。「これまでの無教会的な伝道をやめ、牧師意識に目覚めました」と言って某先生には生意気に見えたらしくもありました。ともあれ、私の意気や壮たるものはあったでしょう。
 そして1989年、献堂式の年より12年、この間、私は心筋梗塞で倒れ、妻も乳癌で入院手術などいろいろダメージを受けることはあったのですが、2人ともすぐ健康を取戻し、そして礼拝出席は遂に79名にも達したのです。この数字をみて、永井先生は言われました。
 「先生、凄いですね。しかし、これから100名になるには、相当エネルギーがいりますよ。」
 この言葉に私は別に、気が弛んだとも、緊張したとも、恐れをなしたとも思わないのですが、今、それ以降をしらべると、年々出席者数が減って来ているのですよ。これには驚きました。
 よく調べてみました。それまでは、格別信徒の皆さんに口に出して訴えたことはありませんが、毎週の週報には「今年度の礼拝出席目標○○名」と載せてあったのです。そして、1989年の翌年より、どういうわけか、「今年度の礼拝出席目標○○名」の記事が無くなっているのです。
 その時の理由や、私の気持ちは全然覚えていませんが、1989年の頃は、私の最も張りきっていた時のような気もしますし、教会の外においても活動的であったような気がします。しかし、その頃からなぜか、慢心したのかも知れませんね。多いと言っても79名、大した数でもありませんのにねえ。
 こうして今日に至っているのです。中山先生の神の愛教会の週報の数字を見てから、私の心は燃えました。もちろん、数だけを教会成長の目標にして、一種の牧師さん同志の競争意識にからませることは危険ですし、牧会の本旨に反します。しかし、「数はどうでもよい、大切なのは数ではない。質である」、という逃げ口上には堕すまいと私は肚を決めているのです。
 たしかに、私は青年時代、無教会の影響が強く、信徒さんの数に心をひかれることはありませんでした。とは言え、少い信徒数でも構わないとする思い替え意識はあったかと思います。ともあれ、今後の成長目標を照れず、臆せず、少なくとも週報には書き上げますから、信徒のみなさん、よろしく! 《く》

〔あとがき〕
巷では酸素カプセルのことが評判です。ベッカム選手や早実の斎藤佑樹選手などが使ったという。実は私のほうでは一歩早く酸素を使った、とは言えカプセルでも缶詰でもない。パキラという観葉植物に、ある電磁波の器械をつかって酸素を大量に放出する仕組みだが、妻の脳の回復によく効いている気がする。私のしろうとなりのアイデアだったのですが。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-09-12 11:07 | 日岡だより
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