No.239 「野球に失礼しました。ごめんなさい」 2006.7.30

「野球に失礼しました。ごめんなさい」

 私たち牧師は毎週の説教題を、なんとつけるか、結構神経を使います。
 先週のある教会の7月23日の礼拝の模様を、パソコンで拝見(拝聴)しようとしたら、なんとその説教題が「野球に失礼しました。ごめんなさい」と言うのですよ。こんな珍無類な説教題をつけた方は、世界広しと言えども他にはないでしょうね。
 多分、この前、その野球団を解散すると言ったり、またその発言を撤回したりで話題を蒔いた萩原欽ちゃんに関係があるのだろうとは、推察は出来ましたが、ともかくこういう説教題をつける方は尊敬に値します、呵々。
 その方は誰あろう、大和カルバリー・チャーチの大川従道先生です。私はちょっと聞き落していまして、自信がないのですが、この言葉は欽ちゃんが言った言葉なのでしょうか。もし、そうだとしても、どの時点で欽ちゃんが言ったのか、それも不明確ですが、それはともかく、大川先生はこうおっしゃるのです。
 人はそれぞれの果たすべき道がある。日本人は柔道、剣道、書道、華道、なんにでも道をつけたがるですね。日本人の良いところです。父には父の道。母には母の道。子どもには子どもの道、教師には教師の道。生徒には生徒の道。それを守りきれなかったら、それぞれの道に対して、『失礼しました、ごめんなさい』と言おう、と言うわけです。
 使徒行伝を読むと、初代教会の人々はこのキリスト信仰のことを「この道」と呼んでいることが分かります。もし、夜になって寝る前、「あっ、しまった。この道に申し訳ないことをした」と気づいたら、「失礼しました、ごめんなさい」と神様にあやまりましょう。これは大川先生が、そのご説教のなかで語っておられたことです。
 こういう軽妙な説教をなさる方は珍しいですね。「ワッハッハの牧師」、釘宮センセも顔負けです。このご説教のなかでお聞きした実話を次頁に紹介します。《く》
 

憎しみを越える愛

 昨年、アメリカのある団体で「今年、最も感動的な人物」として表彰された人、ニューヨーク州のヴィクトリアさんという方のことです。
 彼女が車を運転していた時、そこへ乱暴な19歳の青年が運転する対向車が来ました。その青年の名は、ライアン・クッシング。
 彼は盗んだクレジット・カードで大量の買物をして、仲間と一緒に帰ってくるところでした。彼は面白半分に冷凍した七面鳥をヴィクトリアさんの車に投げつけたのです。ところが冷凍された七面鳥は9キロもあって、カチカチに凍って、石みたい。そいつがフロント・ガラスを破ってヴィクトリアさんに直撃した。ヴィクトリアさんは早速、病院に運び込まれ、10時間に及ぶ整形手術。それから何か月も、苦痛の伴うリハビリが続きました。
 2005年10月17日、ライアンの裁判でした。ヴィクトリアさんは当然、被害者として、また証人として出廷します。その時、彼女は判事に情状酌量を要請しました。
「確かに、私にとって痛みと恐怖を伴う経験でした。でもこの度の事故を通して、私は多くのことを学びました。毎朝、目が覚めると、自分は生かされていることを神様に感謝しました。この経験をとおして、神様は私に大きな祝福を私に与えてくれました。
 これは加害者である被告のライアン君にとっても同様のことでありはしないかと思います。あなたも、今回の事件から、多くのことを学んだことでしょう。これを無駄にする必要はありません。
 私はあなたに、長期刑の判決を要求しません。それは、あなたをいじけさせるだけです。あなたはこの機会に過去を悔いあらためることができます。あなたが勇気をもって生活を立て直すために、多くの機会を与えられるよう、可能な限り緩やかな判決を与えて、被害者の私も、法廷も、社会も、あなたの更生を応援できるはずだと信じています。
 私は聖書に示されている神様の憐れみに浴して居る者として、あなたに私の憐れみの心を示したいと思います」。
 このヴィクトリアさんの言葉は、当の被告ライアンにも、傍聴者たちにも、そして法廷そのものにも大きな影響を与えました。
 ライアンは涙を流し、自らの愚かな行為を詫びました。そして判決はわずか6か月の懲役でした。普通、アメリカでは、25年の刑が出てもおかしくはなかったと言われています。
           *
 こうした報道をきくと、アメリカはやはりキリスト教国だなあと思いますね。アメリカだって、キリスト教の信仰がそれほど強いわけじゃないよ、という声も時に聞きます。しかし、それにしても、キリスト教の信仰は市民の中に浸透している国だと言えると思います。
 ひるがえって、私たちの国、日本を見ましょう。似たような理不尽な事件が毎日起こっています。非道な殺人事件などの場合、犯人の被告が「死刑」になっても、被害者の遺族たちは承知しません。たとえ、あいつが死刑になっても、死んだ者は生き返りません。永遠に恨みとおしてやります、と言った具合です。しかし、それを私たちが「愛が無い」などと、批判するのも気がひけます。ともかく、
 今までの日本でのこうした事件において、被害者の遺族の方々が被告の犯人に対して、ヴィクトリアさんのような愛の言葉を聞いたことはないのです。
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 ただし、ただ1回だけ、以下のような実話を聞いたことがあります。戦後、間もなくのことです。岡山のたしか津田さんというご婦人でした。息子さんが遠く離れた町の国立病院に入院していました。ところが、同じ病院に入院していた男から殺されるのです。
 息子さんが持っていた写真機が欲しいばかりに、そうした犯行に及んだらしいというのですが、写真機も手に入りにくかった戦後の頃を思い出させます。
 さて、その犯人が裁判を受け、刑務所に服役します。その時、そのお母さんが、刑務所にいる犯人だった男に面会に行くのです。そして、このご婦人が、必死に説得するのでした。
「私はあなたが殺した息子の母親ですが、けっして悲しくないわけはありません。しかし、あなたを憎んではいません。私はクリスチャンです。自分も罪人でしかないことを知って、イエス様を信じて救われました。あなたも、こんなことをいきなり聞かされても、ただびっくりするだけでしょうがね。
 ここに聖書と参考になる本も持ってきました。これを差し入れしますから、読んでください。刑務所にはキリスト教の牧師さんが教誨師をなさっておられるそうですから、看守さんに聞いて教誨師さんに会ってください。そして、信仰を持ってください。そうしたら、私がこうしてやってきて、息子の敵であるあなたに、会いにきた訳も分かると思います。そうなれば私も嬉しいです。私の息子が死んだ甲斐もあるというものです」
 この刑務所にいる元犯人さんは驚きました。信じられません。しかし、そのお母さんはあきらめず、何度も面会にきては、聖書片手に伝道するのです。彼はとうとう、お母さんの熱心と信仰に負けてしまいます。ついに信仰を告白する時がきます。
 お母さんは言います。「私は一度、息子を失ったが、また新しい息子が与えられた」。
 このお母さんはついに、この新しい息子を本当に養子として戸籍に入れてしまったとも聞いていますが、その後のことは聞いていません。昭和20年代のことだったと思います。
 一応、クリスチャンであろうと、なかろうと、こういう実例は、その後、日本では聞かれません。もちろん、意味もなく無残な殺されかたをした家族を抱えている方々に、ただ簡単にこのような人道主義的な応対をしてほしいと、いくら願ったとしても、キリストの愛の信仰抜きには困難なことでしょう。
 ですから、この日本に真のキリストの愛を伝えるリバイバルよ、来てくださいと、願うほかありませんね。日本のクリスチャンはわずか1パーセントだと言われますが、この日本人相手のアンケートを取りますと、「あなたがもし信仰に入るとすればどの宗教が良いですか」、という質問に30パーセントは「私はキリスト教に入りたい」と答えるそうです。
 今、結婚式では多くのカップルがキリスト教式を希望します。一時的な人気と笑い棄てないで、日本のリバイバルを本気で期待したいものです。《く》

〔あとがき〕
イスラエルのレバノン攻撃のことですが、私はこの両国の政治情勢については全く何も知りません。何も書けません。ただし、イスラエル共和国についてかねてからの私なりの考えを申し述べたい。私の独断と偏見でしょうが。▼私は1948年のイスラエルのパレスチナ帰還に疑問を持っています。現在のパレスチナ問題の原因は1948年にあると思うのです。パレスチナに帰って行くべき条件がまだ整っていないのに、アメリカやイギリスあたりの政治かけ引きによって、無理矢理に帰って行った。これには、パレスチナの先住民たちが抵抗するのは当たり前です。▼たしかに、パレスチナは神様が約束されたユダヤ人の土地です。たしかに2千年間、待ちわびた約束の土地です。ですから、神様が準備を整えられる日は必ず来ます。あわてないでその日を待てば良かったのにと思うのです。それを待ちきれないで、国際政治状況を利用して、人間の知恵で帰ってきた、そこにイスラエルの問題があると、これは私のしろうと判断ですが如何。ユダヤ民族に同情が無さすぎましょうか。▼内村鑑三流に言えば、私の愛するものは3つのJ、第1はイエス。第2は日本のJ、第3はユダヤのJです。声を高くして言いたいことです。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-08-01 10:23 | 日岡だより
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