No.223 元気のいいクリスチャンに 2006.4.9

元気のいいクリスチャンに

 元気のいいクリスチャンが少ない。信仰のあることは確か。イエス・キリストのあがないによって義と認められているという信仰の基本はしっかり握っている。しかし、どうも弱い。
 「わたしの恵みは、あなたに十分である。わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである」という主のお言葉や、「ですから、私は、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は、強いからです」というようなパウロ流の言葉に立てこもって、開き直り、安住しやすいのだ。
 それが悪いとは言わない。しかし、もっと雄々しい勇敢な信仰の生き方があるということを知っていただきたい。内村鑑三先生のいうような「勇ましくて高尚な生涯」である。
 もちろん、前述のイエス・キリストにある義認の信仰がすべての基礎であるが、しかし、いわゆる「信仰のみ」では進歩向上がない。第一、進歩向上なんて律法的で信仰に反するなどと思っている人もいるのではないか。でも、信仰の進歩向上、強化深化は救われたその日から聖霊さまの導きによって着々と進むべきだと思う。
 第一に「神様の力は絶大である。なんでも出来るお方である」と告白、宣言して、信仰を高めよう。第二に、祈れば必ず神様は答えて下さるという確信と、その実際体験を積みあげよう。信仰は体験を積み重ねると「それは当然出来る」という落ち着いた信仰に成長する。第三に常に感謝し喜ぶことを身に着けよう。体が燃え上がるような日々を送ることです。あなたは元気のいいクリスチャンになれますよ。《く》


聖書を黙想しよう(一)

 インドの生んだクリスチャンに、スンダル・シングという方がいました。1889年に生まれ、15歳で復活のイエス様に出会って回心、1929年以降、消息不明のままです。というのも、この方がチベット伝道に出かけて、そのまま帰って来なかったのです。
 殉教の死を遂げられたのか、あるいは万年雪で凍死されたのか……? ひょっこり帰ってこられることを多くの友人、敬愛者たちが期待しましたが、遂に帰ってきませんでした。
 イエス様以後、今日までの2千年間、地上に生きたクリスチャンの中で、私の知る限り、この方ほどイエス様に近い生き方をした人は無かったと、信じています。
 かつては日本ではサンダー・シングという著者名で、金井為一郎先生の名訳がありました。今は絶版です。近年、徳間書店から出ている訳もありますが、ニュー・エイジ的偏向があり、お読みにならないよう警告します。
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 さて、今回はスンダル・シングのことはともかく、ただ、このスンダル・シングが言っている次の言葉を紹介したいのです。「私が信仰を学ぶ第一の書はもちろん聖書、そして自然。そして祈りである」とあります。
 もう帰天された方であるが、私が少年時代、尊敬した豪快な先生が原田美実先生。この方はもとルーテル教会の牧師だったが、何が原因か知りませんが、その教団を追い出された。そして無教会に転じた。尤も、無教会になじみ過ぎて追い出されたのかも知れませんね。
 この先生が内村先生の雑誌「聖書之研究」に触れて、聖書を読み始めた。それまでだって、教会の牧師だもの、聖書は読んでいたでしょうが。その読み方が変わってきたのですね。以下は先生の述懐です。
 「『聖書之研究』誌に出会って以来、一切の注意、関心、興味が、ただ一冊の聖書に傾注、集中するようになった。どんな本を読んでも、新聞を読んでいても、それが聖書に結びついて、聖書が理解できる。自然を見ても、人と話していても、何を考えるにしても、心では聖書を思い、御言を考えている。そんなふうになってしまった。
 ふと、気がついたら、腹の奥底に何と言ったらよいか、鶏卵大の、固い玉のようなものが出来て、手で触るとありありと感じられるような不思議な感触であった。それはしばらく続いたが、いつの間にか、夢だったのかというように、跡形もなく消えて無くなってしまった。
 しかし、それ以来、不思議な能力が、魂の深い奥のほうから自然に湧き出るようになって来た。私が何かを祈り、また聖書の話をするとき、どういう訳か、聞く人が引き付けられるようになり、また多くの若い人たちも喜んで聞くようになったのである。」
 今のカリスマの先生がたが聞けば、「ああ、聖霊様の賜物を受けたのですね」と言うだろうが当時はそんなことを言う人は一人も居なかった。まだ大正の頃のことです。
 私の伯父、釘宮徳太郎は決して簡単に人の言説に従う人ではない。剛頑で一刻な人であった。原田先生の批評によれば「へその緒を切って以来笑ったことのないような」人であった。その伯父が原田先生にたった一度会っただけで、一遍に傾倒してしまったのである。
 先のスンダル・シングに戻るが、「信仰を学ぶ第一は聖書である」と言う内容は、以上の原田先生の例を参考にして考えると、よほどに深い、力強いものであったことが想像できる。
 「はい、私は毎日聖書を愛読しています」とか、「ずっと、××先生の注解書で黙示録を研究しております」という程度のことではないらしいのですね。
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 スンダル・シングの例をあげると、スンダル・シングは「ヨハネ福音書」を愛しました。そして、その時々にピンと来た「ヨハネ福音書」の中の短い聖句を選んで、冥想したようです。このことは私たちも参考になります。
 ところでスンダル・シングはまさにインドの人です。彼の文章を読むと、インド風の徹底した冥想をしたようです。ベンガルの荒野のなかで冥想していた時、はっと気がついたら目の前に虎が来ていた。「やあ、お前来ていたのかい」と言うと、その虎は猫のようにスンダル・シングに擦りよってきて甘えたと言います。
 ともあれ、深い深い冥想にはいり、毎日天界に行って天使たちと会話したという人ですから、ちょっと我々の参考にはなりにくいのです。私たちに出来ることは黙想ですね。
 ケネス・E・ヘーゲンさんに言わせれば、「み言葉を心にとめて思い巡らす」ということです。黙想という言葉はカトリックでよく使います。プロテスタントでは瞑想とおっしゃる先生がたもいますが、瞑想という言葉は禅宗の座禅やインドのヨガの瞑想を連想させて、一般の信徒の方々に近づきがたい印象を与えます。やはり黙想という言葉がよいと思います。黙想については次号でも続けて書きます。《く》

〔あとがき〕
「スンダル・シング著作集」が、3巻立てで出ています。訳者は河合一充、廣岡結子、発行はミルトス、定価は2000円。大いに推薦します。▼原田美実先生は既に帰天されていますが、豪快な好男児先生でした。無教会の中でも独立伝道者として特異な活発な伝道をされました。その後、戦前のことですが、驚くべきことに、更に純粋に深い信仰を求められたのでしょう、キリスト心宗創立者の川合信水翁に非常に謙遜な態度で弟子入りされたように聞いています。▼川合信水翁という方は、これまた知る人ぞ知る、純日本人クリスチャンとして、無類な方でした。日本のキリスト教世界で、最も注目されるべき隠れた人であったと思っています。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-04-11 23:02 | 日岡だより
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