No.221 奇蹟の生還 2006.3.26

奇蹟の生還

 先週の主日礼拝には、かねてからご推薦してきたトラクト冊子「突然の死に遭遇して、天国を見、生かされた」の著者、須佐二三子先生と、夫君の須佐光男兄が見えられました。
 早速、すばらしい証詞とメッセージをしていただきました。もちろん、その録音テープも取ってあるので、お聞き願いたいのです。これまたユニークなテープであります。
 A面で一応、信徒である光男兄弟が見事な体験記を語ります。有名な1.35トンの鉄材が落下して脚部に7か所の傷を受ける証しです。
 骨がむき出しになって折れていて、しかも複雑骨折や粉砕骨折という、聞くだけでも震えが起こるような大負傷、そこからピンピンと元気なからだに回復している兄弟の証しを聞くことはすばらしい体験です。
 一方、奥様であり、かつ牧師である二三子先生のメッセージが、これまた天国を語る時の恵みの素晴らしさ。実はまだ、冊子「突然の死に遭遇して、天国を見、生かされた」にも書いていない絶頂的幸福感なのでした。
 いやあ、実際、書こうとしても書けないご体験でしょうねえ、凄い実感的報告です。
 テープに収めてありますから、お聞きください。実は、牧師である二三子先生をメインスピーカーとして後にまわして、ご主人の光男兄弟が前座を勤めるのですが、なかなかの謙虚な姿で感激させられます。
 しかし、壇上に上ると、びっくりさせられますね。光男兄弟、立派な牧師スタイルで堂々と話します、確信に満ちた説教調です。
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 まず例の「鉄材が落下、複雑骨折や粉砕骨折」の証しですが、事故は1997年6月1日午後4時42分のことでした。
 クレーンから厚さ11ミリの鉄板11枚が落下、直撃です。急いで、救急病院に運ばれますけれど、こんな大負傷を手当する医師がそばに居ない。治療を受けるまで3時間もかかったそうです。
 幸か、不幸か、兄弟の意識はしっかりしていました。痛いことも痛いが、治療が無為に待たされることの辛さ。辛いというより人生や、周囲や、神様に対してさえ、不平不満が起こる。なぜ俺にだけ、こんな不公平なことが起こるのか。その憤懣です。
 しかし、兄弟はあとから知ります。この3時間の間に日本各地に、いやカナダのトロントに行っていた某先生一行にすら、情報が届いていたのです。「須佐兄弟が大事故デース」と。
 この情報に答えて、皆さんが祈ってくれた。カナダの一行は断食までして祈ってくれた。
 ベッドの上に放り出されていると不平不満で一杯だった最中、神様は最善のことをなさっていて下さっていたのだと、気づくのです。
 光男兄弟のその他の証しにも驚かされます。治療が順調に行ったわけでもない。9回も手術をくり返し、ある個所の手術では30時間もかかった上、手術が終わってみれば失敗だったとか、そういう話題が山ほどです。
 全身、あちこちに金属製のくさびが打ち込まれていて、冬など特にひどい痛みを感じるようですが、「そういう時にも、人間は何も知らないが、神様はすべてを知っておられる。神様にお任せしておけば大丈夫です」と、私の教会のメンバーを励ましてくださった。
 特に、経済面でどれほど、神様は奇蹟的に助けてくださったか。時には期限ぎりぎり一杯に700万円の必要額をキチンと備えてくださった話など、金に困っている人にはよだれが出るような本当の話、すばらしい信仰体験談を聞いて私たちは大いに信仰を与えられました。
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 ところで、このあと、兄弟は上手に講壇を二三子先生に譲ってくださり、「次はメインの二三子先生にメッセージしてもらいます」と言って、まず聖書朗読をします。
 二三子先生の説教テキストである第二コリント12章1節から10節まで。ここでは、抜粋して9節だけをあげます。
 「ところが、主は言われた。『わたしの恵み
 はあなたに対して十分である。わたしの力は
 弱いところに完全にあらわれる。』それだか
 ら、キリストの力がわたしに宿るように、む
 しろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。」
 この辺の講師移行の個所はテープでお聞きください。ちょうどテープのA面からB面へ移るところで、偶然のテープ編集が、面白いです。
 二三子先生のメッセージの主な内容はトラクト冊子「突然の死に遭遇して、天国を見、生かされた」に書かれているので、ここでは書きませんが、凄い体験です。
 「私は天国を見てきた」という証言記事は、アメリカなどで時々出る。どれもすばらしいですが、しかし二三子先生のメッセージをじかに聞くのは格段の差です。そこに情感が溢れているからです。
 これは二三子先生の受けた天国体験の劇的体験からくるのでしょうが、また先生の表現力のたくましさによると思います。
 天界の空を彩る無数の宝石や光彩のほとばしり、それらを語る時の先生の熱情に、会衆一同は酔うのです。
 手を振り、声を上げ、ご自身が見た天界の美しさを語る時、そこに私たちが居なかったことが残念でたまらないというような表情と身振りに、私たちは興奮させられます。そして、
 私たちクリスチャンは死んだら必ず天国に行くのだ。その確実性、歓喜、素晴らしさがそくそくと身に迫ってきます。
 イエス様を信じる者の喜びが心の底から湧き踊ります。そして、この喜びを伝える喜びこそ伝道の喜びだと思いました。
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 振り返って、私たちの現状を見て、今日、聞かせて頂いた喜びを、私たちも経験したいと思う。私たちの教会が主のものとして、その喜びに満ち溢れますように。その喜びがこの地域に、この町に、また市や県に、そして日本に。
 トランスフォーメイションがアフリカやフィジーのことでない。この日本のことになりますように。
 日本には日本の固有な伝道困難な事情はありますが、それはどこでも同様です。悪魔は勤勉に世界中を飛び回って働いているのです。私たちはもっと主を見上げて働きましょう。私の言葉で言えば、主を見上げて「ワッハッハハ」と呵々大笑して、信じて、祈りましょう。「聖霊様の雨よ、豊かに降ってください。南方のスコールのように。日本の台風のように。いや梅雨のように長期的にいつまでも、いつまでも、降り続けてください。日本の霊的土壌をうるおして下さい」と。《く》

〔あとがき〕
WBCの王ジャパン優勝のニュースは日本列島を興奮の渦に巻き込みました。久し振りに愛国心の昂揚を味わったと言っても良いでしょうか。愛国心と言えば内村鑑三先生の「2つのJ」を思い出します。内村先生は「私は2つのJを愛する。一つはジーザズのJ、一つはジャパンのJ」と言いました。「どちらを多く愛するか、選ぶことが出来ない。どちらも負けないほど、深く愛する」とも言いました。しかし、また内村先生はイエス様を愛するように日本を愛したからこそ、日本と日本人に厳しい言葉を投げかけたのでもありました。そこに内村先生の預言者らしい真骨頂がありました。にもかかわらず私は、今日の日本と日本人に対しては、責めるよりも赦しと励ましと喜びの福音、キリストの福音を語りかけたいと思っています。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-03-26 00:00 | 日岡だより
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