戦争と求道者 ――私の信仰三段とびの記(1)―― 釘宮義人 私はクリスチャン・ホームに育ちました。父母の属した日本基督教会に行ったり、伯父の無教会の集会に行ったりしていました。内村鑑三が好きでした。戦争の時代です。私は非戦主義に心をうばわれました。内村鑑三のほか、トルストイ、ガンジー、ロマン・ロラン、矢内原忠雄などの影響でありました。 そんなふうでありながら、どうしてもかんじんの信仰を持てませんでした。決して信仰を嫌ったのではないのです。いいえ、それどころか、熱烈に信仰にあこがれたのです。しかし、あこがれれば、あこがれる程、信仰は遠のきました。神の存在を認め、キリストの奇蹟を信じることは、私には早くより当然なことでありました。十字架も復活も、教理としては分りました。当時流行のバルトや高倉徳太郎の本をよみました。知的には何とか理解できました。 問題は、実感ということにありました。どうしても自分の罪が実感として感じられませんでした。キリストの十字架の贖罪が、教理としてはともかく、自分の事として実感できませんでした。パウロ、アウグスチヌス、ルター、ジョン・ウェスレー、そして私の父などの明確な回心経験を私はうらやみました。その頃、熱読したのは石原兵永の「回心記」です。この本の回心の一瞬の空行を、何度も歎息してみつめたものです。 その頃、外界は戦争の時代です。ある時、無教会の藤本正高先生を招いて集会をひらきました。先生は、口をひらいて、ずばり「西にはヒトラー、日本では軍部、悪のはびこる今の時代でありますが……」、静かな声でしたが、私の心は恐怖と感激でおどりました。 私は、非戦主義への傾斜を早めました。教会の会合や、友人・後輩を集めての会合で、一種の英雄・預言者気取りで、やや気負って語りました。しかし、私の内面はみじめでした。私は魂の平安を求めていましたが、それは与えられませんでした。満たされぬ私の魂にとり非戦主義的口吻は、ひとつのアヘンでした。 その破局はすぐ来ました。私に軍隊の召集が来たからであります。その時、非戦主義者として国や軍に対し正面きって戦うという気力は出ないのでした。そのわけは、当時の皇国思想というものが私の中に多分に生きていたからです。天皇の命令にあからさまに逆うという考え方が出来ません。吉田松陰流の「君主の過誤には死をもっていさめる」という、今の人にはとうてい分ってもらえないような倫理観が心の底にあったのです。もう一つはキリスト信仰がついに掴めないので、霊魂上の絶望感が非常に深刻だったのです。そこでついに自殺を決意するに至りました。 その時、私は、服毒したのですが、薬物が多すぎたのか、少なかったのか、自殺は失敗しました。その事はすぐ特高に知れ、捕えられてしまいました。(新教出版社「戦時下のキリスト教運動(3)」参考)。そこまで行きつくと、人間も度胸はきまるものです。警察や検事局、裁判所ではあまり卑怯未練な言動はしないですんだと思います。それどころか、相当派手なやりとりもありました。そして、判決、服役、福岡刑務所へ押送です。 福岡の刑務所では、戦時色一色でした。厳正独居の私に与えられる仕事が、軍用手袋や軍用品袋の縫製です。現代の戦争は国をあげて国民の総力態勢でやります。百姓でも商人でも小学生でも戦争協力から逃れることは出来ません。まさに終末の時代、「国と国、民と民」の戦争の時代であります。刑務所まで来ても、やはり戦争協力か?私の魂は絶望と無力感にあえぎました。 その時、私の魂は、思わず私自身を徹底的に追いつめていました。私は悲鳴をあげて、私の不信仰を告白しました。地獄でした。私の目は地獄の火を見ました。――そして三日、私に回心の一瞬が訪れました。一九四四年一一月二三日、私は満二二才。ついに私の「信仰三段とび」の助走期が終ったのであります。 (1980.3.9週報「キリストの福音」より)
by hioka-wahaha
| 2017-02-28 22:00
| 週報記事1980年
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