No.778 《聖書のことば》4題(「地下教会は今も」ほか) 2016.12.11

《聖書のことば》 
地下教会は今も

「この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした」
(ヨハネの黙示録一三・17)
 
 これは、終末時の地上の経済制度の一端を示す聖書の予言です。戦争中の統制経済を体験している人は、このこわさがよく分る。政府は今、国民の税金や預金にコンピューターをつけて国民総背番号を打とうとしている。時代は刻々二四時に近づいている。共産主義国などでは教会迫害がおこって一部の教会は地下にもぐっている。日本には信教自由の憲法があるので、伝道も信仰も法律的には自由である。しかし、月給と終身雇用制で管理されている多数の日本人国民には本当の信仰と伝道の自由はない。日本にも一種の地下教会が必要である。
 (1979.9.16週報「キリストの福音」より)
 
  
《聖書のことば》 
神を見た者

「神を見た者はまだひとりもいない」
(ヨハネによる福音書一・18)
 
 「神なんてあるものか。あるんなら。あるんなら見せてくれ。この目で見たら信じるよ」などという。こういう人に限って自動車の内や外に神社のお守りやお札をつけたり、下げたりしているものだが……
 地球の引力なるものを目で見た人はまだひとりもいない。地球の引力とか、物質のエネルギーとかは、目には見えぬし、手でもさわれぬ。しかし、その真理をニュートンやアインシュタインは明らかにしてくれた。
 「神を見た者はまだひとりもいない。ただ父のふところにいますひとり子の神(キリスト)だけが、神をあらわしたのである」。
 (1979.9.23週報「キリストの福音」より)
 
 
 
《聖書のことば》 
集まりましょう

「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」
(マタイによる福音書一八・20)
 
 たった二、三人でもよい、イエスを信じる者が、イエス様をあがめて集るとき、そこにイエス様の霊は居(い)るのである。そこにすでに教会があるのです。
 一人では、一本のろうそくのように消えやすいが、みんなの群の中にはいると、信仰の火も益々元気よく燃えるものだ。
 ですから、信仰を決心して、これから教会にも行きたいと思った方は、その決心をどうぞ実行されて、日曜礼拝に出席して下さい。教会はいわば、信者にとって母なる家庭であるのですから。
 (1979.10.7週報「キリストの福音」より)
  
 
《聖書のことば》 
三つの愛

「……神を愛し、また自分を愛するように隣り人を愛する』ということは、……はるかに大事なことです」
(マルコによる福音書一二・33)
 
 ひとりの律法学者は、この返事をしたゆえに、イエス様から大変ほめられている。適切な答であったのです。ここには三つの愛がある。(1)神を愛する、(2)自分を愛する、(3)人を愛する。
 ここで言う「自分を愛する」とは、いわゆる利己愛、エゴイズムのことではありません。自分自身の本当の我、神の生命につらなる実存を真理に沿って愛することです。自分を愛することを知らねば、人を愛することができません。そして、神を愛せねぱ、自分をほんとうの意味で愛し得ません。
 (1979.10.14週報「キリストの福音」より)


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by hioka-wahaha | 2016-12-20 08:54 | 日岡だより
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