No.775 悪をなす者のゆえに、心を悩ますな 2016.11.20

悪をなす者のゆえに、心を悩ますな

 ユダヤ人の祖先の一人に、ヨセフという人がいます。ヨセフは少年の時、あまりに父に愛されて他の年長の兄弟十人ににくまれます。そしてとうとうエジプトに奴隷として売りとばされ、その上売られたさきで又も無実の罪を負わされて牢屋に入れられてしまいます。しかしヨセフは兄弟をうらまず神様につぶやかず、行く先々で人に愛され、神の栄光をあらわし、遂にエジプトの宰相となるのであります。
 時に、ユダヤの地ではききんとなり、あの十人の兄弟たちはエジプトに穀物を買いに来て、ヨセフに対面しますが、あまりに出世したヨセフの姿を見て、だれ一人それと気づきません。ヨセフは彼らの良心を呼びさますべく一計を案じます。彼らはその計略にはまってヨセフの前にひれ伏し、「青草のようにしおれ」(詩篇三七・2)ました。この物語は教会学校の生徒に大変喜ばれるお話しであります。
「悪をなす者のゆえに、心を悩ますな。……彼らはやがて草のように衰え、青菜のようにしおれるからである。」(詩篇三七・1?2)
 
 昭和二十年代だったと思います。大分市竹町の商店街で、売り出しの抽選券を持って景品場に行きました。私の四、五人前の人が特等を当てて大さわぎになりました。その時、すぐ次の人がわめき始めました。
「ああ、イヤだ、イヤだ。こんな気持のわるい日はない。なんとイヤな日だ。こんちくしょう。」
 とぷりぷりおこっているのです。なる程、前の人が特等を当てれば、もう今日のくじ箱にいいくじが残っている筈もなく、よく考えれば夢も望みも前の人に先取りされたことになりますから、その気持は分からぬではないが、余りに子供じみた直情さに呆れたことがあります。
 ねたむ心は、同じものを欲しがる心から生じます。その欲望がおさえつけられると、怒りにまで発展するのです。政治家や財界人の不義をいかって共産主義運動の先頭に走っていた男が、一転して大分に来て文芸活動の旗をふって同好者の資金をごっそり持ち逃げした事件がこの前おこりました。
「不義を行う者のゆえに、ねたみを起すな。……怒りをやめ、憤りを捨てよ。心を悩ますな、これはただ悪を行うに至るのみだ」(詩篇三七・1、8)。
 
 人が悪をなし、不義を行うて成功しているように見えても、それは一時的の事です。
 「主に信頼して善を行え」(詩篇三七・3)、迷わず疑わず、あなたの善き道を歩み続けなさい。
 人に打たれ、迫害される時も、
 「主によって喜びをなせ」(詩篇三七・4)、万事を見通し給う神様を信じる時、喜ぶ事も出来ます。
 いかに困難を感じても、マラソンの選手が一着を求めて苦しいコースを走るように忍耐して走るのです。
「あなたの道を主にゆだねよ。……耐え忍びて主を待ち望め」(詩篇三七・5、7)。
 これは、聖書では預言者的忍耐といって、積極的忍耐心をさします。ウジウジした消極的忍耐とは違います。
 
 冒頭に紹介したヨセフという人は、最後に十人の兄弟を前にしてこう言いました。
「あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました」(創世記五〇・20)
 悪を良きに変らせる、宇宙の主宰者、ただ一人の神様を信じましょう。
 (一九七九・九・一三、中野家家庭集会にて語る)
 (1979.9.23週報「キリストの福音」より)


[PR]
by hioka-wahaha | 2016-11-29 14:31 | 日岡だより
<< No.776 恐れるな 201... No.774 《聖書のことば》... >>