No.766 聖書のことば4題(「事実」ほか) 2016.9.18

《聖書のことば》
事実

「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」(ヨハネによる福音書一一・25)
 
 キリストを信じた者も、信じない人と同じように、病床や交通事故や戦争や、はたまた老衰などで死んで、そして再び生き返りはしないように見える。この限りでは前述のイエスの言葉はウソのように見える。
 しかし使徒パウロは言う、「事実、キリストは……死人の中からよみがえったのである」と。パウロは当初のキリストの復活を肉眼で見たわけではなかったのに、キリストの復活は「事実」であると証言する。死んでも死なない永遠の生命が、自分の中にあることを、事実としてパウロは握っていたのである。
 (1979.4.15週報「キリストの福音」より)


《聖書のことば》
実をむすべ

「ひでりの年にも憂えることなく、
絶えず実を結ぶ」
(エレミヤ書一七・8)
 
 作物(さくもつ)にとって、ひでりは大患難であります。地中にどれ程栄養分があっても水分がなければ少しもそれを吸うことができません。ところで、そばに川がある木は根をいっぱいにのばして水と栄養を吸い上げるのです。実は絶えずみのります。
 この世にはたくさんの「神がよしとされる」栄養分がたくさんあります。物も金も地位も学問もそうです。それらが真に朽ちることなき実をうんで、それを永遠の彼方まで持っていけるかどうか。それは神の生命の水があなたにあるか、無いかにかかっています。
 (1979.4.29週報「キリストの福音」より)


《聖書のことば》
キリストの形ができるまで
 
「ああ、わたしの幼な子たちよ。あなたがたの内にキリストの形ができるまでは、わたしは、またもや、あなたがたのために産みの苦しみをする」
(ガラテヤ四・19)
 
 クリスチャンは、キリストの花嫁であります。しかしあまりに幼い時は、インドの幼い婚約者のように、ままごと遊びに打ち興じるだけで、受胎能力もなく、まして胎児の形もできません。
 クリスチャンが、一人前のキリストの花嫁として、彼の心の内にキリストの似姿をみごもるまで、魂の義父であるパウロは産みの苦しみをすると、ここで訴えているのです。ただ、悲しいことなのは、多くのクリスチャンがキリストの種をすでに受胎しているのに、そのことを自覚しない事であります。
 (1979.5.6週報「キリストの福音」より)


《聖書のことば》
神は悪を良きに変えられた
 
「……神はそれを良きに変らせて……」
(創世記五〇・20)
 
 次のようなイメージを、あなたの頭の中に絵をかくように、えがいて下さい。
「地球がある。地球に大きなポンプがすえてある。ポンプの下は、どろどろした真っ黒な汚水。そのポンプを押すと、あにはからんや、きれいな水がジャブジャブ出てくる」
 これは現在やっている聖書研究会での宿題の一例。創世記第五〇章の主要テーマ「神は悪を良きに変えられた」を記憶する為の便利なイメージ法です。
 地球は創世記を示し、ポンプは第五〇章のことなのです。真っ黒のドロドロの汚れが、きれいな水にかわってほとばし出る、神は悪を良きに変えられるのです。
 (1979.5.13週報「キリストの福音」より)



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by hioka-wahaha | 2016-09-24 15:32 | 日岡だより
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