No.743 神の国/牢獄で叫べ 2016.4.10

神の国

「神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」(ルカ一七・21)

自己不信に陥ったり、劣等感にさいなまれるとき
「私には才能(あるいは、金、力、学歴等々)がないからだめだ」
と言ってあきらめてはいけない。

右の聖句を次のように捉えてみよう。
「神の国!
つまり神の智恵、神の力、神の豊かさ、神の平和、神の権威、
そのすべてが、私のただ中にある。
私には何一つ欠けたものはない」と。
 (ノーマン・V・ピール)
(1978.4.16週報「キリストの福音」より)
 

牢獄で叫べ

 病気をしてみると、この肉体は実に牢獄のようなものだと気付きます。熱心に神を信じる心も、弱い肉体にとじこめられて、自由に飛翔できないのです。
 聖書の見方にしたがえば、病気は悪霊のしわざだと言います。イエス様はすでに悪魔に対して勝利を得給うたのですから、私たちはただ主イエス様の名によって祈りさえすれば、病気はいやされる筈であります。
 ところが、実際はそれほど簡単にまいりません。私は先週、四二〇キロの自動車の運転をしましたら、その疲れもあってか、風邪をこじらせ、十年ぶりのぜんそくの発作でまる一週間元気になれませんでした。遂に最後の夜は、自分にも悪魔にも腹が立ってしまい、「悪霊よ、出てこい。キリストの名によって宣戦布告するぞ。勝負だ、出てこい」と、むきになってどなりつける有様ですが、彼はしぶとくも、なかなか出て来ません。やっかいな奴です。
 マルコ五・一~二〇を読むと、イエス様の前でレギオンという悪霊軍団は、あれこれと文句をならべて、なかなか出て行かなかったようであります。墓場で狂暴に叫びまわっていたその霊は、遂に行きがけの駄賃に豚二千匹を共連れにしてやっと出て行きました。その他、イエス様の命令に一気に出て行かぬ図太い霊どもを福音書に数多く見出します。(勿論、あまりに急激に追い出すと、その憑かれていた肉体の御本人の方が失神等で危険であるということで、イエス様の側の手やわらかさもあってのことでしょうが)。
 
 話題を大きくかえます。四月十七日の夜、NHKの月曜特集で、インド独立の秘話を見聞しました。それは、旧インド国民軍の三将校が反逆罪で訴えられるのですが、三人の愛国の熱情、軍事裁判の非合法を訴える弁論、死をとした毅然たる態度は、全インドの共感を呼び、遂にインド兵の反乱を誘発、イギリスはやむなくインドを手放したと解説していました。
 牢獄に捕えられて、三将校の身は不自由でした。明日の生命も分りませんでした。しかし、彼らの精神は燃えていました。石の壁も鉄条網も彼らの意気を阻喪せしめ得ませんでした。彼らの舌端は火をふきました。軍事法廷は顔色をなくし総督はあわてふためきました。遂に歴史はインドの側に展開していきました。
 
 私の心は、このNHKの放送に大変捉えられました。私の内面の魂は、この旧インド国民軍の三将校のようなものだと思いました。熱発と咳の肉体にとじこめられて、私は見るも哀れと見えます。然し私は意気阻喪しない、出て行くべきは彼らであります。私は病気にとじこめられている如く見えるが、勇気を出して大声で叱咤すべきであります。
 「私は病人ではない。病気の霊よ、出て行け」
 肉体をおさえられても魂は自由である。魂は弱りかけても内なる霊は自由である。霊が雄叫び、ついで魂が復活し、そして遂には肉体も生き返るであろう。
 事実、私はその翌日には元気に起き上がったのでありました。
(1978.4.23週報「キリストの福音」より)


[PR]
by hioka-wahaha | 2016-04-14 08:59 | 日岡だより
<< No.744 何も出来ないとい... No.742 心はおのれの鏡で... >>