No.732 御霊(みたま)の果(み) 20116.1.24

御霊(みたま)の果(み) 

○聖霊がクリスチャンに与える三つのものがあります。

1.クリスチャンの品性(御霊の果(み))
愛・喜び・平和・寛容・慈愛・善意・忠実・柔和・自制(ガラテヤ五・22)
2.クリスチャンの力(御霊の賜物)
知性の面→知恵・知識・霊を見分ける
言葉の面→異言・異言を解く・預言
働きの面→いやし・奇跡の力・信仰
(コリント一書一二・8~10)
3.教会における役目(権威)
使徒・預言者・伝道者・牧師・教師・監督・執事・管理者・管理の補助者
(エペソ四・11、第一テモテ三・28等)
それぞれ九つずつに分かれています。もっとも、この数にこだわって機械的に分類して、信仰生活に応用したりする発想のしかたは良くない。

「賜物」は「権威」にまさり、「果」は「賜物」にまさります。
奇跡の力や預言の能力あるクリスチャンも、慈愛や善意の徳がなければ、天国には迎え入れられません。良き果が必要なのであります。(マタイ七・17~23)

○九つの御霊の果は、九個に分かれる、あるいは、九つの面に分かれるというより、九つの度合いの成熟度と考えた方がよい。

(クリスチャンの品性の成熟度)
愛 喜び 平和 寛容 慈愛 善意 忠実 柔和 自制(←)
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クリスチャンの品性は「自制」より始まって、しだいしだいに上位の方に成長する。(ただし、回心直後とか霊的刷新のとき、上位の愛・喜び・平和でみたされるときがあるが、そのとき気をつけて下位の自制→柔和→忠実の性格を身につけておかないと、思いもかけず後退することがおこる)

○「自制」の徳は、最低の度に位置するが、品性保持のため、最も大切である。
袋の一番底にあって、底がぬけぬようがんばっているカタマリのようなもので、ここがぬけると、上の方がみなぬけてしまう。
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○「自制」とは、禁欲のことではない。ダムをつくって、ただ水をせきとめるだけは、いつか大決壊がおこる。ためた水を他の利用法にみちびくのです。
「自制」を英訳ではセルフ・コントロールとしてある。心の内面におけるセルフ・コントロールが、品性成熟のために最も必要である。
○これは、努力やわざでは不可能です。
「聖なる生活へと召して下さるのは、わたしたちのわざによるのではなく、キリストの恵みによる」(第二テモテ一・9)のであります。

○ただし、わたしたちの側で、キリストの恵みの働き(霊のわざ)に協力することはできます。
 ↓それは
みことばの告白(コールCall)です。
みことばには力があります。
みことばはキリストの霊です。
 ↓どのように、するか
「みたまの果は、自制!」
とハッキリ口に出して信仰告白するのです。
心に信じ、口に言い表して。しだいにそのことが、あなたに実現します。
 ↓つづけて
一、二回にとどまらず、何べんも何べんも叫びなさい。主にむかって叫びなさい。
継続が大事です。朝おきてすぐ、又鏡の前で。昼も思い出すたびに(人の前では声を出さずともよい)、夜ねる前に。この就寝前のコールが最もよい。

(1978.2.13「牧会通信」第八号より)


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by hioka-wahaha | 2016-01-30 23:00 | 日岡だより
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