No.731 正義と愛と信念をもて/考え方をかえよ/地べたに書く 2016.1.17

正義と愛と信念をもて 

◇正しいと思うことをしようとすると、愛をふみにじる結果になることがある。
◇愛に溺れると正義を貫けないことがある。
◇正義も愛も、空想する段階では勇ましく且つすばらしいが、実際には常に障害が多い。
◇信念がなくては正義も愛も実行できない。
(1978.2.19週報「キリストの福音」より)


考え方をかえよ 

 「自分でもわからん。昨年までのワシを知っている連中に言っても信じてくれないやろな。今まで弱い、弱いと自分の暗示にかかっていたんやなあ―――。全く人間とは分からんもんやで―――」
 これは今日の毎日新聞夕刊に出ていた、ロッテの野村選手のキャンプでのランニングの話。
 先天的に弱いと思い込んでいたランニング。川崎での自主トレでは、常に半周以上遅れていたという。それが今や、先頭をさっそうと走っているのだそうだ。
 「信じられない」
 と報道陣は口をあけておどろいている。
 秘密は早大の阿部教授の一か月間つきっきりの特訓だ。それは「考え方」の変更である。生れつき走れないと思っていた、あのプロ魂をもっていた筈の野村に「おれは走れる、あとは努力しだい」と考え方をかえさせたのである。そして一カ月走ったのだ。
(1978.2.19週報「キリストの福音」より)

地べたに書く
少年の殺人事件が世間をびっくりさせています。そして、こういう事件のたびに、この責任はだれか、と問われています。子供の成長にあたっては、その責任はすべて親が負うべきであります。「社会」が悪いにしろ、「学校」が悪いにしろ、そのような社会や学校から子供を守らなかったのは親でありますから▲多くの親は、最初、子供の養育のため、子供の教育のため、と言って仕事に精を出し、そのうち、仕事が忙しくて子供を放り出して忘れ、責められると「生活が忙しい」と言うのであります。これを本末転倒というのです▲ある親たちは、子供とまじめな話を、おだやかにした事がないのであります。まじめな話は興奮して話し、おだやかに話す時は、冗談や茶化した話であります。子供は親を相談相手と見ていません▲ある親たちは、子供を叱るのがこわいのであります。「むちを加えない者はその子を憎むのと同じである」(箴言一三・24)と聖書にあります。信仰をもって大胆に叱るべきであります。そして、その心の悔いくだけたのを見たならば、オーバーな程に愛してやるのであります。
(1978.2.19週報「キリストの福音」より)




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by hioka-wahaha | 2016-01-21 11:15 | 日岡だより
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