No.726 キリストの体/父の子守歌/地べたに書く 2015.12.13

キリストの体

 今から二十年程前、空飛ぶ円盤がしきりに騒がれ始めた頃、イギリスの有名な科学者たちで作っている某研究団体が、何千光年、何万光年の宇宙のかなたに飛んで行く航行機はいかなる性能を持つべきかということを研究して、その結果を発表しました。それは二十年後の今日のテレビ劇画でさえ、まだ描いていないような空想物語りであります。
 まず宇宙塵などで機体の一部が破壊され、あるいは部品に老廃がおこっても、地球に機材を取りに帰れないという分りきった前提のもとに考えられています。
 (1)その機体には、一部の破損に対し、ただちに自動的に修理する能力がある。
 (2)多くの部品につき互換性がある。
 (3)一つの機能が停止した場合、他の部分に代償機能が働く。
 (4)疲労し破壊しはじめる前に、各部分は同型のものを自ら造りはじめて、交替する。
 誰でも気づくでしょうが、これは高度に発達した生物の肉体をモデルにしています。
 
 教会は一つの体であります。キリストをかしらとする体です。つまり、教会は一つの生きものなのです。(エペソ一・23、同四・11~16参照)
 ですから、教会は無機物を積み重ね組み立てた機械のようなものではなく、一つの生命体として、生れ、育ち、成長していくのです。
 信徒は体の中の一つ一つの肢であります。各信徒は、役目はそれぞれ異なりますが、一つ生命を共にしています。そして、共に喜び、共に痛み、共に傷をいやし、代償機能を働かせ、あるいは交替して互に働いたり休養と回復につとめたりします。
 このたび、全員役員制を呼びかけていますが、機械的な無生命体的な組織ではなく、一つの生きもののような弾力性ある“からだ”であってほしいのであります。
 「主よ、私たちをキリストの体の、それぞれの器官として用いて下さい」(一月二十五日祈祷会)
 
 木の根っこは、地表の幹をささえる。人の目からはかくれる。姿見せぬ“仕え人”である。根は上をささえ、上の為に養分を吸う。“下に根を張り、上に実をむすぶ”(イザヤ三七・31)のであります。教会の役員もしかり。役員とはおエライさんではない。仕え人である。“人の子の来たのは仕えられるためではなく仕えるために来た”と主イエスも言われた。(一月二十二日説教の一部)
(1978.1.29週報「キリストの福音」より)


我と我が家は主に仕えん(一二)
父の子守歌 

 讃美歌三五九番の曲を口ずさむと、私は今でも胸がジーンとするのです。この譜にのせて、父・太重が私のために子守歌を作ってくれた。それをよく母がうたってくれたのを覚えているからです。
 「可愛い義人よ、おいしいお乳を
 泣かずに眠らで、しずかにお飲み
 夜も日も神さま、共にいまして
 あなたを愛して、守りたもうぞ」
 生れたばかりの赤ん坊を「あなた」と呼ぶ父の、人格に対する尊敬の心は、いつまでも私のよい意味での自尊心を守ってくれたと思います。
 
 父は、死期をさとってから、「主にある肉の兄弟会」を開くことを要求、同信の兄や姉を病床のまわりに招いて、最後の家庭集会をもちました。そして、死後の相談、葬儀の打ち合わせ等、まるでフスマをあけて隣の部屋に行くように話すので、かえってまわりのものが泣かされたと、長兄徳太郎が言っています。
 昭和五年三月十三日の朝、私が目をさますと(当時八才)、親族のものがたくさん来ていて、その中で父が横たわっているのを見ました。母が目を泣きはらしていました。私は父の死をさとりました。
(1978.2.5週報「キリストの福音」より)

地べたに書く
節分が過ぎた。もうすぐ立春である。春が近い。寒さの最もきびしい今、地の底からうごめき、雲のかなたから身がまえているような、春の動きを感じる。「岩ばしるたるみの上のさわらびの萌えいずる春になりにけるかも」(志貴皇子)この歌、私は万葉集の中で最も好きだ。春になって萌えいずる力、あの力を地球表面上のすべてを集計したら、どれ程のエネルギーになるのであろう。ほうはいたる全エネルギーが、春になって解放される。生命の春よ、今われらに来たれ▲春だ。たしかに春が来ている。見るところ、まだ外は寒く、雪の下に梅や椿がさむざむと咲いている風景であっても、そこに春がきている。今、この教会、大分市の東の住宅街にひっそりかまえて、人数も少し、さして宣伝もせず、人の目に小さい。しかし、聖霊の胎動がある。約束の御言がある。時は満ちている。祈りにもえている。奇跡が足音を秘めて、そこまで来ている▲小さな原子が崩壊し、更に小さな電子が飛び出して連鎖反応をおこすのが原子爆発。小さな一人が爆発し、そして連鎖反応をおこす時、教会も爆発。爆発する教会たれ!(1978.2.5週報「キリストの福音」より)


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by hioka-wahaha | 2015-12-18 17:06 | 日岡だより
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