No.725 神人合一をめざして/上に立つ権威に従え/“神人合一”/地べたに書く 2015.12.6

神人合一をめざして

◇滝をあび、火を渡り、神人合一の境地を得たりと称して、人格あやしげなる御祈祷師がよくあらわれる。そこで教会は神経質になって、こういう言葉を嫌う。しかし、
◇「もはや我生くるにあらず、キリスト我が内にありて生くるなり」とは、正しくキリスト教的神人合一の世界である。
(1978.1.29週報「キリストの福音」より)


上に立つ権威に従え

「すべての人は、上に立つ権威に従うべきである。なぜなら、神によらない権威はなく、おおよそ存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからである。」(ローマ人への手紙一三・1)
 この手紙を書いたパウロをはじめ、初代教会のクリスチャン達は、ローマ政府のキリスト教徒迫害によって、その多くが殺された。彼らは何一つ反抗するでなく、まして暴動も革命もおこさなかった。そして三百年たったとき、ローマはキリスト教を国教としたのである。弱いものの方が、剣も槍も用いず、信仰と従順によって、権力に勝ったのである。
 たとえ誤った権威であっても、彼らはその権威に従った。信仰の表明も、ギリギリの時と場でしたのであって、これ見よがしに、反抗的に礼拝したわけではない。(ダニエルは異教の二王朝に智恵と礼儀をもって仕え成功した。信仰なき上長者に仕える模範である)
(1978.1.29週報「キリストの福音」より)


我と我が家は主に仕えん(一一)
“神人合一” 

 父・太重のすぐ上の兄を春三(はるぞう)といいます。長兄・徳太郎が手紙をよこすたびに「聖書を読め、聖書を読め」と書いてあったそうだが、遂にこの伯父もクリスチャンになる。もっとも、この兄弟は、そろいもそろってヘソ曲りの所があったのか、最初の末弟・太重が日本基督教会、長兄・徳太郎が無教会、次兄の春三が救世軍、と、それぞれ顔をよそにむけている。そこで、次代をついだ私は、日本基督教会のカルヴィニズム、無教会の聖書研究と対社会発言型、救世軍のきよめと軍楽隊を混ぜこぜにして受けつぐことになったのかもしれません。
 戦後だったが、この春三伯父が、私にふともらした。
 「わしの最後の目標は“神人合一”だ」
 私はあっけにとられて伯父を見た。私には“神人合一”なる言葉があまりに異教的神秘主義のお題目に聞こえたのです。私は当時、ジョン・ウェスレー式の回心をしたばかりで、信仰的には義認論のコチコチです。“神人合一”などとは全くもって不敬けんの極に思えました。
 “我もなく世もなく、ただ主のみいませり”という讃美歌もあるくらいだから、キリスト教的神人合一論も無くはあるまいと、この頃やっと思っているのです。
(1978.1.29週報「キリストの福音」より)



地べたに書く
ヨハネの黙示録に言う「第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。この星の名は「苦よもぎ」と言い、水の三分の一が「苦よもぎ」のように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んだ▲ソ連の人工衛星がカナダ上空で落ちたという。早速、放射能による大気汚染が取り沙汰されている。クリスチャンなら、誰でも右の黙示録の聖句を思い出すであろう。まことに終末的時代になったものである▲娘にすすめられて「アルプスの少女ハイジ」をよむ。実に健康で信仰の奨励に満ちている。角川文庫に忠実な訳がある。幼児むけの抄訳ではダメである、テレビは尚更のこと。おわりの方で、作中のハイジは言う「いくらお祈りしても、神さまが他に良いことをご計画中なら願いごとがかなえられないこともあるのよ。それはすばらしいことなのよ。もっとすばらしい事がおこるのだから」(少し大人むきに書きかえた)。良書として推薦したい。
 (1978.1.29週報「キリストの福音」より)



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by hioka-wahaha | 2015-12-11 14:56 | 日岡だより
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