No.721 ガンを知らせるべきか 2015.11.8

ガンを知らせるべきか

 あなたの家族の誰かがガンになったら、あなたはその人にガンである事を知らせますか。
 たいていの人は知らせません。それが日本での常識であります。
 牧師が、ガン患者への訪問をたのまれ応諾すると、「しかし先生、本人はガンであることを知りません。決してガンだとは悟られぬようにして下さい」とたのまれて閉口することがよくあります。(敵を直視することを忘れて敵を滅ぼすことはできませんから、これではせいぜい病床見舞になってしまいます。)
 
 欧米ではガンは本人に告げるのが一般的です。私もできるだけ(特に当教会の信者さんに万一のことがあれば)はっきりガンであることをお知らせするつもりです。現に木南姉はご夫君の肺ガンを早くよりご主人に告げ、ご本人は従容として万端整理し後顧の憂いなく世を去りました。又、石橋姉は早くより、御自身のガンを自覚され、大手術を二回、その後玄米食・自然食療法も兼ね取り入れて、雄々しい信仰的闘病をやっておられる。
 正直に言って、ガンは死亡率の高い悪質の病気です。それだけに当人にとり、人生最大の山場が来ているわけです。これを知らされもせず、ウカウカ通りすぎ、だまされとおして死ぬなど、最大の悲劇であります。
 
 国立ガンセンターの熊岡医師は臨床の体験からして、一般的にいって、(1)戦争体験のある人、(2)死について常に考えている人、(3)熱心なクリスチャンは、あまり死をおそれないと言っている。こういう人にとってはガンの宣告は一時的にはショックであっても、それを乗りこえ、死に耐えることができるし、又実際に病気をいやしている事例が多数あるのであります。
 
 この前、アメリカ民主党内でカーター現大統領と地位を争ったハンフリー上院議員は、その直後ガンで倒れた。そして今再び立ち上がって政界で大活躍している。これは生々しいニュースであります。彼は言う。「一粒のからし種の信仰が山を動かすことができる」というキリストの言葉にはげまされ、困難な戦いを乗りこえた。信仰にみちた心が、今日から明日へと私を生きつづけさせている、と。
 
 さて、最近アメリカでカール・サイモントンという腫瘍学・放射線科の医師、医学博士である彼の開発した精神力によるガン征圧療法が評判になっているらしいのであります。その紹介書が日本で出版されましたので、御一読をすすめます(「もう一つのガン療法」近藤裕著・日新報道出版)
 内容は自律訓練法や、私のよく言う映像祈祷法に似ているので、さまで新しい事とも言えませんが、ガン症状に密着した指導テクニックがさすがであります。これはガン療法のみでなく、他の病気や、悪癖、劣等意識、無能力感のいやし等に応用できます。
 (昨年来日したマクナット神父の洗足の儀式や先月ポルノ雑誌王の回心で取り上げたステンプルトン女史の記憶のいやし等、最近の伝道者たちが映像法を積極的に重んじている事は注意していいことである。)
 
 さて、話題を冒頭にもどします。
 国立ガンセンターの池田節子さんという看護婦の方の記。
 「だいじょうぶですよ、まだまだ元気でいられますよ」と言われて甘やかされている人にくらべ、自分で死に立ち向かおうとしている人の最期の迎え方はりっぱです。それは、教養のあるなしでなく、その人の死への自覚にあると思います。一生の最後の大事な時間を、けっして人任せにしてむなしく過ごしてはいけないとしみじみ思います」と。
 
 ところで、「元旦や、めいどの旅の一里塚」と一休さんは言ったそうだが、正しく然り。人間はすべて死ぬ、死の原因は罪である。
 「あなたはガンですよ」
 と愛するものに言わねばならぬように、聖書はあなたに告げる。
 「あなたは罪人ですよ。世界一の罪人ですよ」
 「なにを、バカな」
 あなたは腹立たしいでしょうが、聖書はあなたの死と、その原因(ガンとも言うべき人間生来の罪)と、それより発生するもろもろの症状(不幸、不満、痛み、不安、劣等感、とが、にくしみ、悲しみ等々)を直言します。
 
 「健康なものは医者を要しない。病気の者のみ医者を要する。私は正しきものを招こうとしてこの世に来たのではない。私は罪人を招こうとしてこの世に来たのである」と言い給うたイエス・キリストの処に行きましょう。
 「イエス様、罪人である私をお救い下さい」  
(1978.1.8週報「キリストの福音」より)


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by hioka-wahaha | 2015-11-14 15:07 | 日岡だより
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