No.714 生活に勝利せよ/エピクテトスの言葉/悲しみの人/地べたに書く 2015.9.20

生活に勝利せよ

◇「生存している人は多いが、生活している人は少ない」と言った人があります。
◇生活とは、人間としての責務を果たすことであります。この責務を回避すると「生存」になり果てます。
◇「生存」に意義を発見し使命を見出す時、私共は「生活」を獲得します。それが勝利です。
 (1977.12.18週報「キリストの福音」より)
 

エピクテトスの言葉

 信仰に熱心になると親が嫌う。親に従おうとすれば信仰をやめねばならない。そういう悩みをもつ人々に、エピクテトス(五五―一三五年)の言葉をおくろう。
 「病気に心得のない親が、病気の息子に有害なことを有益だとして命令したとする。息子がその時、親の命令に服さないとしたら、彼は親不孝の子であろうか。いや、親は元来自分の子に善意をもち、よい事を望んでいるのであるから、息子がよい事をするのは、親の本当の望みをかなえたことになる。その事が理屈で親に分ってもらえぬなら君の行動で示すことだ。よく親に仕え、親切に、争わず、エゴでなく、辛抱づよくあれ。それでも分ってくれぬなら、肉体の親でなく、すべてのものの親である神の命令なのだと思ってよき方を為せ。」
 エピクテトスはストア派の哲学者であって決してクリスチャンではないが、聞くべきものをもっている。
 (1977.10.16週報「キリストの福音」より)
 
 
 
我と我が家は主に仕えん(一)
悲しみの人

 「彼はあなどられて人に捨てられ
 悲しみの人で、病を知っていた」
           (イザヤ五三・3)
 これはイエス様についての預言として有名な聖句です。けれども、私はこの御言葉にふれるたびに、私の父のことを思い出してしまうのです。私の父は釘宮太重と言います。この太重という字は「たじゅう」と、そのまま音読みです。ちょっと変わった名前ですが、その名付けの言われは知りません。
 私の父は、小男で、ぶ男、生母に三才の時死別、学校に余りやってもらえず、病気がち。青年時独立して一人生計をいとなむ。近親者より誤解をうけ、泥棒猫の如く言われ、遂に破産する。貧乏と病気と、それよりつらいのが冷たい世間と親・兄弟との離反。正に、「彼はあなどられて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた」のであります。
 この父の目に入ったのが、キリスト教会の新聞広告、「すべて労する者、重荷を負う者われに来たれ。我汝らを休ません」。―――ああ、これは労働者や沖仲仕の募集広告ではない。自分のように人に捨てられ苦労のドン底にいる者への呼びかけだ。そう気がついて、早速教会に行きました。そして、二度、三度、扉をひらいて中に入りかけたのですが…………
 (1977.10.9週報「キリストの福音」より)


地べたに書く
地べたに書いて、すぐにかき消される文字であるが、時折のことを毎週書きたい。▲天下の創価学会の創立になる創価学園、最近では東大合格者にも二ケタの実力校、無資格教師が十五人もいたとて東京都の学事部の注意を受けた。最近熱心に教育キャンペーンをはっている毎日新聞すら、「実力主義の弊」と中見出し。「実力主義の勇み足」とでもすればまあまあだのに▲東大めざしての実力主義が免許も資格もくそくらえの実力主義をうみ出したのは皮肉である。これを文句つけるのは「資格偏重主義」。職人も技術士となる資格時代、このカタガキ尊重主義をけとばして、天下の創価学会なのだ、文部省くそくらえ、無認可大学を建てませんか▲又もや、ハイジャック。十六億円と同志釈放という、要求丸のみの政府回答。こういう甘いヒューマニズム解決は次々に次のハイ・ジャックをうみ出す▲よくテレビ・マンガなどで小娘一人の生命のために地球軍対××星軍の決戦に手をこまねいている図があるが、あれは本当に「世界より重い人間一人の生命」を知っている体の発想ではない▲日本政府に言う。今度、ハイ・ジャックがおこって、日本国天皇が三億円(金はまけてやる)みずから持ってこい。戦争責任を認めて出てくるなら、同志の釈放も要求しないとでも言って来たら、どうしますか。天皇の名誉と庶民の生命の比いずれが重し。
 (1977.10.2週報「キリストの福音」より)



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by hioka-wahaha | 2015-09-24 23:19 | 日岡だより
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