No.704 イエス・キリストは本当に復活されたのである! 2015.7.12

説教抄録
「イエス・キリストは本当に復活されたのである!」
 
(一九七七年四月十日イースター礼拝メッセージ)
★人間はみな死ぬ。死んで生き返る人は一人もいない。しかし、たった一人、本当に死んで、地獄にまで下っていって、生きて帰ってきた人が、ただ一人いる。それは誰ですか。
会衆「はい、それは、イエスキリスト様です。」
★イエス様は、どんな死に方をなさったのですか。
会衆「十字架にかかって死にました。」
★それは死刑の十字架ですね。それは罪人の死ぬ死に方ですね。イエス様は罪人だったのですか。
会衆「いいえ、イエス様は全く罪汚れのない神の子であられました。」
★イエス様は罪人でも悪人でもないのに、どうして、そのようなひどい死に方をなさったのですか。
会衆「イエス様は、私達の罪の為に身代りになられて、神様の罰をうけられ、罪人の様になって十字架にかかられたのです。」
★その通りです。その事を証しする聖書の御言葉を知っていますか。
会衆 答なし
★それでは二、三教えてあげましょう。ルカ二二・37の『』の中を読んでください。
会衆「彼は罪人のひとりに数えられた」
★この旧約聖書の言葉はイエス様の上に成就されました。イエス様が二人の犯罪人と同時に十字架につけられたのは、神様の御言葉にかなった事でした。
★次にガラテヤ三・13の「」の中。
会衆「木にかけられる者は、すべてのろわれる」
★木とは何の事ですか。
会衆「十字架の事でしょうか。」
★そうです。十字架の木の事です。十字架につけられる者は、神にのろわれるのです。私があやまって無実の罪で十字架につけられ、あるいはパウロやペテロのように殉教の十字架につけられる時、果して神にのろわれるでしょうか……。いいえ、そんな事はありません。しかしイエス様は、罪人にかわり、罪人として十字架にかかりますから、イエス様はこのガラテヤ三・13の聖句にあるように……みなさん何と書いてありますか。
会衆「――のろわれる!」
★おお何とひどいことでしょう。神様はその最愛のひとり子、罪も汚れもない、至愛完全のイエス様をのろわれるという。そのわけはコリント第二書五・21を読んでください。
会衆「神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。」
★この御言葉を、みなさん一人一人にあてはめ、また「彼」という言葉をはっきりと名指ししてもう一度読んで下さい。
会衆「神は〇○○○(各自の名)の罪のために、罪を知らないかた(イエス・キリスト様)を罪とされた。それは、〇○○○(各自の名)が、イエス・キリスト様にあって神の義となるためなのである。」
★アーメン、ハレルヤ。
 さて、みなさん、イエス様は死んで地獄に行ってそのままずっと地獄にいましたか。
会衆「いいえ、地獄に勝って、三日目によみがえりました。」
★それは本当ですか。
会衆「本当だと思います。」
★「思います」では困りますよ。本当なのですね。
会衆「本当です。」
★それでは聖書を開きましょう。ルカ二四・34。
会衆「主は、ほんとうによみがえって、シモンに現れなさった」
★そうです。「本当に!」です。次にコリント第一書一五・20。
会衆「しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。」
★そうです、この冒頭の句に目をとめましょう。「しかし事実――」。イエスの復活は事実であります。みなさん、賛美しましょう。
一同「ハレルヤ」
★只今読んだコリント第一書一五・20の次、21、22をつづけて読みましょう。
会衆「それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。」
★私達の罪と死は、生れながらにして私達にそなわっています。それは誰が原因ですか。
会衆「アダムです。」
★私達は、いかにもして、この死の体より救われたいと願いますが、それは誰によって救われますか。
会衆「イエス・キリスト様によってです。」(つづく)
 (1977.4.17週報より)


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by hioka-wahaha | 2015-07-17 15:34 | 日岡だより
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