No.695 祈りの手帖 2015.5.10

祈りの手帖
 
 むかし小さなパンフレットで読んだ話ですが、ある人がつかつかと街かどの小さな文房具店にはいっていきました。
 「ごめんください。ポケットに入るくらいの、丈夫な手帖があるでしょうか」
 「はい、ありますよ。こういうのはどうでしょうか、三つ四つ、種類をお見せしましょう」
 「そうですね、この中でこの赤表紙のが一番よさそうです。気に入りました。これをください。おいくらですか」
 「一〇セントです」
 「ではこれを。………いえ、いえ、包装はけっこうです。すぐ使いますから、えーと、ちょっと失礼、今書きこむことがあるんです」
 「………………?」
 「さて、ご主人、私はこのお店で頂いた手帖をどんな事に使うか興味はないでしょうか」
 「はあてね?」
 「これが、これまで使っていた手帖です。さき程、最後のページまで使ってしまったので、今お宅に来て新しいものを求めたしだいです。ほれ、これまでの手帖を一寸お見せしましょう。見開きにして使うのです。左側の頁をはじめに使います。左側の頁に神様にお願いした事を箇条書きにするのです。」
 「神様ですって」
 「はい、全智全能の神様にです。あなたは、神様を信じていますか」
 「いや、そこんとこは、どうもね」
 「私は神様を信じています。信じていますから、いろいろお願い事もあるし、それを神様にそのままお祈りして、その事をこの手帖に書きこむのです」
 「へェ。それで、そのお祈りとやらは聞かれるのですかい」
 「勿論ですとも。これを見て下さい。左頁に祈った日付と、その願いの題目。右頁の同じ行に、その願いのかなえられた日付とその感謝が書いてあります」
 「おどろいたね。そんな話は初めて聞くね。不信心のわしだって、時には教会に行って牧師さんのありがたいお説教は聞くがね、しかし、そんな話ははじめてだよ。あんた牧師さんかね」
 「いや、私は牧師先生じゃありません。単なる商人ですよ。それで、よく旅行するのです。その旅行の間も、いつもこの手帖をもっています。ほれ、このように、その日に答えられた祈りもありますし、時間がかかって、二、三冊目の手帖にくりこされても実現していない事もあります。しかし、私は信じています。必ず、いつかはこの手帖の右頁も全く埋められてしまうでしょう」
 「お客さん、このあっしだって、そういう神様を信じたいね。好きこのんで苦労しているわけじゃないからね」
 「よろしい、あなたの御信心にお手伝いしましょう。一寸、腰かけさせて下さい。あなたも腰をおろして下さい。さて、神様はですね―――」
 一時間程もして、その人は文房具屋さんの主人に別れを告げた。店の主人は、すっかり、イエス様に心を明けわたしてしまって信仰の喜びにひたっていた。その人は、新しいノートの左頁を見た。さき程、店頭で買ってすぐ書き込んだ文字である。
 「×月×日、この手帖の店の主人に救を」
 彼は感動をもって右頁をうめた。
 「同月同日、主の恵みによって、感謝」
         ×
 私はこの物語を頭のすみに覚えていました(その小冊子はすでに失っていまして、右の文章も正確な引用ではありません)。九月中旬の礼拝説教でこの挿話を紹介したのですが、単なる紹介では気がすまなくて、早速実行してみました。
 九月十八日から十月二日まで、左頁にかかれた祈りの項目が五三、その中に既にかなえられた事項二四、たしかにこの物語りの主張は正しいのであります。その中の一つの例。
 九月二十一日、救の確信について、更に徹底した指導をする為、特別講師を招きたい、目下秋の特伝シーズンでして、講師の先生方多忙の時で、急に言ってもどなたも無理でしょうが、この事を祈りました。処が、九月二十四日に、大牟田で沖縄の田中先生にお会いして、田中先生の方よりお申出あり、十月末日、大分に伺いたいが………と言われる。更に、十月四日には、アメリカの島田先生が今月中旬に大分にお見えになるというニュース。何たる神の応答、そのすばらしいお導きに驚かずにはいられないのです。
 その他、R子のいやし、F姉の確信、M婦人の家出解決等々、多くの体験をわずか半ヶ月の間にしたわけです。勿論、まだ多くの答えられぬ求めもあり、又、多分かなえられぬ事の方が神の前に正しい、誤った求めも多い事でしょう。御利益宗教のように、何でも祈って求めてかなえられる事がよいのではない。こうした実地訓練の中で、具体的に実世間的に神様の御旨が示され、又従順を教えられる事がうれしいのであります。
(1976.10.10「キリストの福音」より)


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by hioka-wahaha | 2015-05-13 15:06 | 日岡だより
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