No.687 良心/子供のしつけ方教室(8)イメージ・チェンジ/(証し)時にかないて美しい 2015.3.15

良心
 
・・・。私は今日まで、神の前に、全く正しい良心をもって、行動して来た。(使徒行伝二三・1)
 
 むかしから役人には、わいろはつきものと見えます。中国の故事ですが、ある人がひそかに楊震という高級官吏にわいろをおくろうとして、誰も知りませんからと言う。それに対して断固として断った有名な言葉―――、「天知る、神知る、我知る、子(汝)知る。なんぞ知ることなしという。」(別の書では「天知、地知、子知、我知」とある)
 新約聖書は、ギリシャ語で書かれています。良心という言葉は二十数回用いられていますが、原語の意味は「共に知る」という言葉です。楊震は、汝と我の外、共に知るものが他にある、それが天と神だ、と言っているわけです。
 最近、ある革命派の哲学者が、「良心とは我が内なる他人の声だ。だから良心の言う事など聞くな」と主張しているのを見て驚きました。しかし、良心とは我が内なる他人の声とは正しく名言です。そして多くの人にとって、良心とは要するに、周囲の人々の次元のひくい評判や習慣の声にすぎないのであります。
 しかし、聖書に言う良心とは、まず正しくきよめられた良心です。良心の声が途中でねじまがって、人の物を盗んでも貧乏人に施せば正義であるというような鼠小僧次郎吉の屁理屈になってはいけません。そして、もう一つには、聖書にいう良心は「神の前に」ということです。国や社会や周辺の人々や、そういう人間の前にではなく、神の前において、神と「共に知る」正悪選別の心の声なのです。この心が役人や商売人の心に生れぬ限り、わいろは社会から無くならぬ事でしょう。
(1976.8.1「キリストの福音」より)


子どものしつけ方教室(8)
イメージ・チェンジ
 
 大村はま子という、すぐれた中学校教員がいます。この人の言葉に、教師はとっさの時つい自分の習った先生のまねをするものだ、とあります。ちょっとした、叱ったりほめたり板書したりするしぐさも、自分が習った先生の習い覚えです。つまり、子供の時の先生のイメージが頭の中にやきついているわけです。その行動パターンが、つい表面に出るわけですね。
 先日、新聞のある欄で、青い目の母親が駅の階段を一人でおりようとしない三才ぐらいの金髪の娘をお尻をぶって叱っているのを見た人の話がのっていました。母親はわざわざ一度娘の処に上っていって叱りつけた上、またまた下におりて来て、両手をあげてはげました。幼い娘は泣きながら一人でおりてくる。それをじっと待っていて、おりて来ると手をひろげて抱きあげ、歓喜してほおに何度もキッスしたそうです。
 日本の母親には到底見られない、すぐれた場面ですから、みなさんも多くの事を学び得ると思います。ですから、私はちょっとこれに関連して他の事を書いてみます。
 この外人の母親は、その国で決して傑出した婦人というわけではないでしょう。多分、平均的女性でしょう。思うに彼女は深く考えて教育的しつけを敢行したわけではない。彼女自身、そのようにして育ち、自分がその母親にされた通り、その娘に対してしているのでありましょう。
 ここに、母親の子供に対するしつけの大切なるかくされた重大な面があります。すぐれたしつけも、悪いしつけも、代々子供にうけつがれていくという事です。イメージがきまってしまっているのです。
 水泳選手だった木原光知子は、米国の大学に留学して、そこの激しい練習の中にもまれてテンポ上のイメージ・チェンジをしたそうです。彼女の水泳開眼だったわけです。われわれも、いろんな事に、イメージ・チェンジする必要がありますね。
(1976.8.1「キリストの福音」より)


【あかし】
時にかないて美しい
              A・T姉
 
 金曜日は断食し、出来る限りの時間を主にお返ししました。主の愛にこたえるための、何ものも持っていない事に、あらためて申しわけなさと、おのれの卑小さを感じます。この日は本当に主を喜ぶ事ができました。
         ×
 私たちに出来ることは、主の御業を信じることのみである。分らぬことを分ったつもりで、おろかな事ばかりをする。分らないからこそ主におまかせするのである。
 主の御業は時にかない、美しい(伝道三・11)。喜び、愛、悲しみ、患難等、すべてに時があり、主は私達に全ての事を時にかない為し給う。自分の力で、何をなしても主の計画に及ばず、どんなに素晴らしくても、その時でなければ空しい。
      ×
 「いばらの中に種をまくな」(エレミヤ四・3)この聖句をとても気になって、何度も読み返した。今ちょうど伝道する事を学んでいるせいか、いいかげんに伝道できない事を思わせられる。確実に祈って、鍬をおろし、すきを入れ、よく耕した上でなければ、いくら種をまいても実をむすばない。
(1976.8.1「キリストの福音」より)


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by hioka-wahaha | 2015-03-20 19:49 | 日岡だより
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