No.682 即座即祷/子供のしつけ方教室(4)勉強のしかた 2015.2.8

即座即祷
 
 祈りのコツは、まず「祈りたい」「祈らねばならぬ」と心が動いた時、すぐ祈ることです。私はこれを「即座即祷」と申します。今、人がいるから、あとで一人になって祈ろうとか、仕事の区切りがついてから祈ろうとか言っている中に、祈る機会を失ってしまいます。
 コツの第二は、言葉で祈ることであります。黙祷はムード祈祷になりやすいので注意を要します。黙祷のさいは、頭の中ではっきり言葉を用い、声ならぬ声が自分で聞えるぐらいになるとよいのです。(無思無想型の東洋風の瞑想もよいのですが、それは又別の場で述べましょう)。
 コツの第三は、具体的に祈ることです。日時、人の名、物の名、事柄の様相等、すべてできるだけ詳細に神様の前に申し述べて、願いや質問を発しなさい。
 コツの第四は、熱心に祈る事です。心をもやしなさい。今、この祈りが確実・直接・このままに神様の耳に届いていると信じなさい。そうすると、もっと語らねばならぬ、もっと聞いてほしい、と熱情がわきます。
 コツの第五は、神様の応答をうけとる事です。神秘的な声や、フト心におこる思いや、又強烈な信仰や、愛がわいてきます。具体的方法や日時、名前などを示された時は、自意識の勝手な妄想である事も多いので、その示しを再び祈りの主題にして、徹底的に吟味すべきです。この答えのないまま祈祷の座を去らぬ事です。
 コツの第六は、示されたお答えには必ずにすぐ従う事です。神の力は従順の霊に顕現いたします。
(1976.6.27「キリストの福音」より)



子供のしつけ方教室(4)
勉強のしかた
 
 「勉強しなさい。勉強しなさい」
 という親御さんは多いのですが、どういう風に勉強したらいいか、勉強のしかたを教える人は少ないのです。
 これは、学校で教えるべき事ですが、学校も、「学ばねばならぬ最後の結果」だけをつめこむ主義でして、習得していく過程を教えぬようです。
 子供に教えている時、「分りましたか」ときくのは愚の骨頂でして、分ったか分らぬは、見ていて分ります。分らぬ子に、分るようにするにはどうすればよいか、その分り方を伝授するのが、小さい時の教育です。
 算数の宿題がでる。子供が分らぬと、すぐ親が答を出してやる。ウンウンうなって、お父さんが問題を考え、子供はテレビを見ている。これはいけません。親御さんは、そういう時、「この問題は私も考え方が分りません。子供は、この辺のところで行きづまるようです」と先生に手紙をかくがよい。これは先生に対しても親切です。
 子供に対し、これはと思うどうかすれば解けそうな問題があったら、徹底して一時間でも二時間でも考えさせなさい。一度、問題を解く喜びを味わったら、子供の方が宿題の手助けを拒否して、自分でするというようになります。すぐ答を書いてやる親は、ご自分も自力で問題解決をした喜びの経験の無い人でしょうし、そして又、そういう次代の親を作っているわけです。
 暗記ものなら、まず音楽の歌唱を利用するとして、ある曲を一ぺんに歌詞全部覚えこませなさい。そして次々にレパートリーをふやさせなさい。頭のかたくなった成人者とちがい、子供は案外すぐ覚え込みます。そして、自分には暗記力があるのだという自信がつきます。記憶能力は、自信がつくと意外にのびます。
(1976.6.27「キリストの福音」より)


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by hioka-wahaha | 2015-02-11 17:18 | 日岡だより
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