No.201 在天の霊者たちは 2005.11.6

在天の霊者たちは

 主の祈りでイエス様は「天にまします我らの父よ」と教えられた。父なる神様のおられる所が「天」なのである。これは紺碧の大空をさすのではない。また、宇宙空間をさすのでもない。また悪霊たちが浮遊する地上の空間でもない。父なる神とイエス様、そしてイエス様の十字架の死により贖われたクリスチャンたちの霊者の居られる所である。
 かつて、天に召された過去の兄弟姉妹たちの祝福を祈って集う礼拝を「永眠者祈念礼拝」と称していた。永眠とはなんだろう、たしかに聖書でも主を信じる者の死んで天に召され行く場合、それを「眠りにつく」と記録している(ステパノの例など)。
 たしかに肉体的に死んだ方は眠ったように見えるし、また死後しばらくの間眠っている霊的場所があるのだろうと私は解釈している。しかし主にあって肉体の死を体験するクリスチャンたちはいつまでも眠っているはずはないと私は思う。主のいます天にあって学び、訓練され、ご奉仕する機会が十分にある筈だと思っている。カール・ヒルティは言っている。「天国は果敢に働く所である。安閑としている場所ではない」と。
 ある時、私は天にいるはずの父の姿を夢の中でただ一回だけ見た。それが本当に父の霊なのか、それは私には定かでない。しかし、参考としてここに書いておきたい。
 父の姿は案外に疲れ、傷つき、弱っていた。「お父さん、どうしたんです」と聞くと、「日本中を駆け回ってイエス様のお手助けしている。この疲れも傷も、イエス様のところに帰ればすぐ癒されるんだよ」。私は懐かしい父のその姿に打たれました。《く》


意識革命は来たるか

   一、知 価 革 命

 神武天皇いらい、日本の土地の値段は下がったことが無かったと言ってもよい。ところが前代未聞、バブルがはじけて以降、土地の値段が下がり始めたのです。土地の値段が下がり始めた頃だったでしょうか、堺屋太一さんが「知価革命」という本を出しました。「地価革命」ではない。「断絶の時代」のドラッカーも同様のことを言いました。「知識社会の到来こそ、もっとも重要な『断絶』である。21世紀に入ると、更にその傾向は強まるであろう」と。
 昔の人でも、労働や経済において知識の付加が生産性を高めることを知っている人はいました。ヤコブがそうです。彼は牧畜に知識を加えて元気の良い羊を産ませることをしました。
 イエス様のタラントの喩えもそうです。1タラントで5タラントを儲けた僕は、その労働力ではなく、その機転の良さ、知識の活用が褒められたのです。タラントを地中に隠して元金のまま持ってきた僕は「なぜ銀行に預けて利息をかせがなかったのか」と叱られています。イエス様の時代に銀行があったとは驚きです。
 ミレーの「種まき」の絵ですが、あんな種まきをする人は日本にはいません。ところがマタイ13章を読みますと、種の撒き方がミレー式です。あたり一面にぱっと撒き散らすのです。だから道端に落ちる種あり、石地に落ちる種あり、茨に落ちる種もありです。日本の農家でそんなことをしたら、叱られるより先に笑われてしまいます。
 日本の農家は勤勉もさることながら、知識が豊富です。箱庭のような稲の苗代から、整然とした田植え作業、まさに緻密な知恵の成果です。麦は条撒き、大豆などは2、3粒づつ埋め込んで行きます。かように、労働においても、経済においても、知識を投入して生産拡大をはかることは、昔からしてきたことです。しかし、
 人類の文明は狩猟時代から、農耕時代へ、そして職人が生まれ、商人や、金融業が生まれ、蒸気機関の発明や印刷機等の発明により産業革命が起こり、また情報も広がり始めます。
 かくて資本主義が爛熟期を迎え、2つの大戦を挟んで、核の運用について人類は殖産と破壊の選択に苦慮し始めます。かつ、情報が拡大して政治も経済もグローバル化しています。
 こうして、社会も個人も、物や金の時代が去って知識の時代が来ることを予見しかけている、それが現代です。文明の基軸変化のテンポは早い。ドラッカーも言います。知的集約の傾向は更に強まると。ならば、「知価革命」の次に何が来るかということです。

   二、意 識 革 命

 次に来たるべき時代を私は仮に予測してみます。それは「意識革命」の時代だろうと思います。そして人類の文明はいよいよ終焉を告げるのではないしょうか。
 「西洋の没落」はシュペングラーでしたが、「世界の没落」は誰が描くでしょうか。神様はパトモス島でヨハネを通して世界の滅亡をお見せ下さいました。今、神様は誰かに改めて新しい幻をお示しにならないでしょうか。
 それは、至福の千年王国でしょうか。神の国の到来でしょうか。神の子たちの出現ですか。サタンとサタンの子らは地獄に追放されますか。栄光の新世界でしょうか。そういう新時代を伺わせる新しい風が既に吹いていませんか、あなたの周辺に。人類の意識が革命される時です。
 人類の意識がキリスト意識に一転する時が来るのではないか。そんなことは夢物語か。でも、それこそ人類が待ちくたびれてきた人類の全き解放のあけぼのでないでしょうか。

   三、キリスト意識を求める

 文明論はさておき、私たちクリスチャンの信仰の成長進化について。私たちクリスチャンは初め、十字架のイエス様を信じて救われました。それから、引き続いて成長し、変化を重ね、完成へと進まねばなりません。これは、それほど容易ではない。
 たばこの習慣のある人がバプテスマを受けようとする時、「たばこを止めなければバプテスマは授けられません」と言うのは福音ではありません。そのような心配をする洗礼志願者には、「大丈夫、信仰にはいったら、たばこは自然に止むものです」と安心させるでしょう。たしかに、そういう例は多いのですが、
 しかし実際には、そう簡単には行かない人は多い。なかなか、たばこを止められない。そして信仰の持続、成長について自信がなくなるのです。救われたクリスチャンでありながら、その後、相応しい人格形成が出来なくて苦しんでいる人は多いのです。
 こうしたことで、聖潔派の陣営や、ペンテコステ派の陣営には、それぞれの派らしい助言や励ましがある。それらの助言と奨励によって、かなりの成果をあげたとしても、尚、安心できない人はかなり多いと思われる。
 熱心な人や、まじめな人、自我欲求水準の高い人ほど、その人の意識がキリストの意識にまで、なかなか到達できないので失望落胆、欲求不満に陥るのです。
 エペソ4:22、23を読みましょう。「あなたがたは、以前の生活に属する……古き人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされて、真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである」と。
 これは正しい。秘訣です。この地上において、クリスチャンは意識の深みまで、すっかり変えられて、全き新しい神様に似た、イエス様が持っておられたような意識に成長したいと熱望する、クリスチャンの意識変革です。あっさり言えば、人の意識がキリスト意識に転換変質されれば、よいのです。それはなんと言っても。聖霊様による意識革命の連続によって起こります。
 聖霊様の働きは、人に対して5段階の働きかけを取ります。
 ①まず、「聖霊によって」最初の信仰が与えられます。
 ②次に、人は「聖霊を受けて」信仰による自由感覚、聖潔の秘義を得ます。次の③を先に頂くこともあります。
 ③次には、「聖霊に満たされて」霊的能力の賜物を受けます。まず異言です。神癒等の力です。
 ④次は、「聖霊に満たされ続ける」ということ。品性において大いに変化、向上します。聖化が習慣化します。
 ⑤次は、「聖霊の油注ぎ」です。主に仕えるそれぞれの働きのため、特別に必要な権威と能力を与えられます。
 この聖霊様の働きかけに対して、私たちのほうから応答することも必要です。初めに、人間からの何の願いも欲求も無いのに神様のほうから一方的な働きによって、恵みの賜物として力や、必要な準備が備えられることも多いのです。大きな恵みです。
 しかし神様に対して、更に熱意ある欲求と祈り、また忠実な応答と積極的服従精神、これらの大きな努力によって仕える時、もっと大いなる結果を頂けるでしょう。
 尚も更に続けて、よく祈り、加えて聖書の言葉を告白し続けましょう。「主よ、来たりませ」(黙示録22:20)と、日毎に賛美をささげましょう。再び来たり給うイエス様を待ち望むことを努める時、更に大きい恵みにあずかるに違いありません。《く》(2003.4.24.祈祷会にて語る)

【聖会報告】
去る11月3日、高森先生の宮崎福音教会にて九州リバイバル秋季聖会が持たれました。小生が出席してきました。素晴らしい2回のメッセージに霊的肺腑に衝撃を覚えました。なぜ、当教会のみなさんを無理にでも連れて来なかったかと、後悔しました。
 第一回の聖会はアッセンブリー宮崎聖書教会の三浦勇世先生。先生のユーモアと力に満ちた説教は凄い勢いで迫ってきます。主題は「天を裂いてくだる聖霊を受けよ」です。そして、信徒諸君に訴えるのは「告白の力」です。こんな勧めをされた。「夫たるみなさん、奥さんに向かって『あなたを愛しています』と、100ぺん言いなさい」と。
 第二回の聖会では綾バプテスト教会の上園英身先生の確信に満ちた鋭い説教でした。クリスチャンはすべて献身者であるべしと第一声。献身の思いが起ったら、それはクリスチャンとして当然のことなのです。それが神様の御心なのですから。伝道はすべてのクリスチャンの任務だろと力説。この聖会の最後に、多くの献身志願者が前に出て祝福を受けました。感謝! 《く》

〔あとがき〕
本日の礼拝は「在天者祈念礼拝」です。在天者とは何か、私の感じるところを第1頁に書きました。是非、お読み下さい。(キリスト教界には異論もあると思いますが)《く》
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by hioka-wahaha | 2005-11-06 00:00 | 日岡だより
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