(キリスト新聞への投稿) 変わらない沈黙 礼拝中の宮城遥拝 最近、キリスト新聞紙上で、興味深い二つの投書を読みました。その一つは、桑田秀延氏の著作集に対する朝日新聞の書評に関連して、「太平洋戦争に対する著作が非常に少ない。日本の神学者にとって、太平洋戦争はさけて通れるものであったのか」と問うているものでした。もう一つは、教職者の礼儀や常識に関する警告で、沖縄のある集会で、聖餐式に沖縄の泡盛を用いたという一教職者の事例をあげ、その非常識を批判した一文でした。 この二つを読んで、私は私自身に関する出来事を思い出しました。それは三十年ほど前の戦時中のことであります。 当時、キリスト教会は一つに統合され、日本基督教団(今の日本キリスト教団がその流れですが)と称し、日本基督教団号という戦闘飛行機が献納されたりしていました。こういう御時世ですから、日曜礼拝のさなかに、「宮城遥拝」といって、東京の方に向かって最敬礼する儀式が侵入してくるのも、無理はなかったかも知れません。しかし、私は、この礼拝中の「宮城遥拝」に対し、心中もえあがる怒りに全身わなわなふるえたものです。すっくと立ちあがって、「牧師先生、これは間違っています。これは現代の非キリスト礼拝です」と叫びたい心で、胸がさける思いでした。 しかし、私はそうはしませんでした。そうしたいのをこらえ、とにかく会衆が立ちあがり、東京に向かってふかぶかと頭をたれて最敬礼する白々しい儀式の中で、私一人は、身じろぎもせず、ベンチから腰をあげませんでした。それだけが、私のせいいっぱいの抵抗だったのです。 真実を語らせない 若い人々は理解しがたいことかもしれませんが、こういう私に向けられた教会の声は、おおよそ次のようなものでした。 「君の純真な気持はよくわかる。しかし、君のそういう気持をストレートに表現した場合、どんなことになるだろうか。この教会は特高や憲兵ににらまれ、牧師は牢屋にひっぱられてしまいますよ。あなた一人、せまい了見で信仰を守ったおかげで、多くの兄弟姉妹が迷惑をこうむるのです。それを良くご存知なのに、あなたは平気で、自分一人の信仰的良心を守ろうとするのですか。それは個人主義というもので、もっと大きい愛の人になろうではありませんか。今は“闇の時”ですよ。忍耐しようではありませんか。終りまで耐え忍ぶものは救わるべし…」 こういう理屈は、多分、教団ができ、教団号を献納し、宮城遥拝まで起こった当時のキリスト教界指導者の通念であったろうと思います。組織をもつ指導者として、その苦衷は一応思いやることにやぶさかではありません。同情もします。しかし、なお釈然としないものが残るのです。 当時は、求道者をよそおって、私服刑事が教会にスパイとしてまぎれこむようなことも考慮しなければならないような情勢でした。「宮城遥拝」に腰をあげぬ私に、教会が迷惑そうな、おびえた様子を示したのももっともなことです。そこでやむなく教会出席を止めました。正式に脱会ということでもいいと牧師にも告げました。 その後一年ほどして、私は兵役法違反、出版言論集会結社等臨時取締令違反で入獄しました。その獄中で、私は教会を脱出していて迷惑をかけずにすんでよかったという安堵感と、いや、今の教会には大迷惑をかけるべきではなかったかという疑問と、二つの思いが交錯し、悩んだものでした。 私の入獄中、私の家族は母一人子一人でしたから、残されたのは母一人だったのですが、平素親しかった旧知の牧師すら、母を訪ねてはくれなかったということでした。「行きたいけれど物騒でね……」と、ある老牧師がもらしたと、それを憤慨して知らせてくれた信友もいました。その牧師さんは官憲がこわかったというよりは、教会員一人一人のことを思うと、うかつな行動はとれなかったと推察することもできます。どこにも悪人はいなかったのです。しかし皆ひとしく弱かったのでした。そして、弱い指導者が、より弱い信者たちをかばい、外の嵐から守ろうとする時、真実の言葉は吐けなかったというわけでした。 沈黙は美徳なのか これは当時の異常な漆黒の精神管理の時代を知らない現代の若者が嘲笑するほど、簡単なことではありません。私は当時の神学者が十二分に発言しえなかったことについて、多分の同情を呈することにやぶさかではありません。 当時、私は、矢内原忠雄氏の「余の尊敬する人物」や「イエス伝」に非常になぐさめられ、またはげまされました。「イエス伝」の中では、「いかなる時代がきても、私は諸君に恥をかかせるようなことはせぬ」と断言しています。これは、裏をかえせば、イザという時には、みんなも巻きぞえを食うかもしれぬぞということです。自分の弟子が自分の信仰や所説の巻きぞえをくらって、牢屋にぶちこまれることを恐れて言うべきことを言えないような恥ずかしいことはしないということです。 人に迷惑をかけ、人様の気分をこわし、せっかくのプログラムをしらけさせてしまうということを恐れ、一言もいわず、がまんして黙っていたのがかつての宮城遥拝の時の私でした。そして、同じような事例を、私はさきに挙げた沖縄泡盛聖餐事件に感じたのです。 「イスラエルのぶどう酒は沖縄における泡盛にひとしい」と考えて、独断で泡盛聖餐式を執行した一聖職者のユーモアをどう解するか、その可否は別に論じるとして、それに怒りを感じたこの投稿者が、その時何をしたかです。多分、戦時中の私同様、すんでのところで声をあげて、その執行を中止させたい衝動にかられ(預言者的気分というものです)、しかもそれをがまんして黙って見すごしたことでしょう。 「せっかくの聖餐式をこわすまい。先輩の先生方もいられることだ。今日のところは黙っていよう。出しゃばりは止めよう」などと思って、こみあげる内側の声を、おし殺したことでしょう。 それが忍耐というものでしょうか。それも美徳の一つでしょうか。こういう時こそ、ラディカルな怒りが言挙げされていいのではないでしょうか。 (1976.4.11「キリストの福音」より) 注※半年ほど前に投稿した文が、この頃に掲載されたようで、コピーをこの号の「キリストの福音」に載せていました。新聞の掲載月日は不明です。
by hioka-wahaha
| 2014-11-26 20:34
| 週報「キリストの福音」
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