No.653 信仰短言、母の祈り 2014.7.20

《信仰短言》
         ×
 人を見てはダメです。
 自分を見てもダメです。
 イエスさまだけを見るのです。
         ×
 軍人には、特有のよい性質があります。物ごとに、真正面にぶっつかってい
く、むくな気性です。
 「イエスの正面に立っていた百人隊長は」(マルコ一五・39新改訳)………
 この百人隊長のように、十字架上のイエスに、正面に向いあって立つとき、
人ははっきり悟るのです。
 「この方は、まことに神の子であった」(マルコ一五・39)と―――
         ×
 国鉄の操車場に行って見ますと、貨車の入れかえをやっています。ポイント
のきりかえで、貨車の行き先の方向を変えてしまいます。キリスト教でいう「救」
もこれに似ています。地獄に向かっていた人間列車を天国行きにきりかえてし
まいます。
         ×
 二人の男が山に入って毒きのこを食った。毒きのこの毒は二人の男の体内に
入って、理由もない憤怒心をおこし、二人の男AとBは大喧嘩をはじめる。表
面の姿で見れば、A対Bの争いである。しかし、真相は(A+B)対毒きのこ
の争いである。政府と労組、企業と市民運動、自由主義国と社会主義国、それ
ぞれの争いの底にひそむ共通の敵(毒きのこ)はサタンである。また、サタン
に身をゆるしている我々の「罪」でもある。
 当面その大喧嘩をやめさせる対症療法も必要であるが、根本療法は更に必須
である。
     (1975.12.7「キリストの福音」より)
 
 
         
母の祈り 
 
 有名な説教者、T・D・ウィット・タルメイドの父、ダビデ・タルメイドが
十八才の時のことでした。彼はその頃、弟のヤコブと妹と一緒に住んでいまし
た。ある晩、三人はパーティーに出席することにしていました。
 病床に伏していた母は彼らが家を出る前に、三人をベッドのそばに呼んで「お
前たちが家に帰ってくるまで母はひざまずいて祈っていますよ。そのことを忘
れないでね」と言いました。彼らは出発しました。そして午前二時頃帰宅して
みると母はまだベッドのそばでひざまずいて祈り続けていました。
 翌朝早く母タルメイジは夫を揺り動かしました。そして誰かの泣き声がする
から見てきてくれるようにと頼みました。
 ためらいながら廊下に行った父タルメイジは、娘がそこにひざまずいて泣き
ながら祈っているのを見たのです。そして話しかけると、「お父さん、小屋へ行
ってください。ダビデはわたしよりもお父さんの助けが必要です。わたしはだ
いじょうぶですから」と彼女は言いました。
 小屋へ行って見ると、ダビデは心の罪を示され、魂を砕かれて泣いていたの
です。父は彼と一緒に祈りました。するとダビデは「ヤコブのところへ行って
ください。彼は今わたしよりもお父さんの助けが必要です。彼は車の中にいま
すから」と言いました。
 このようにして、神はタルメイジの三人の子供をその朝救いに導かれました。
それは彼らの母の執ような明確な祈りの答であったのです。
 ダビデには少し離れたところに婚約者がおりました。祈りおわった彼は、彼
女の家へ走っていきました。そして彼と彼の弟と妹が救われたすばらしいニュ
ースを伝え、彼女も主を信じ、主にすべてをゆだねるようにと勧めました。
 一緒に祈ったとき、彼女も救われました。そしてこのニュースは教会に伝わ
り、驚くべきセンセーションを巻き起こしました。そして恵み深い、大いなる
リバイバルが燃え上がったのです。
 ダビデのこの婚約者こそ、後日T・D・ウィット・タルメイドの母となった
人物なのです。それから数年たってから、彼女は四人の主婦を毎週水曜日に集
めて、彼女たちの子供の救いのために祈りました。その結果、彼女と四人の主
婦の全家族が救われたのです。
 彼女の祈りと誓約は五家族全員が救われるまで守り通されたのです。執よう
な祈り、信仰による祈りは必ず聞かれます。(恵みの雨十一月号より)

 心から出たものでなければ、心に届くことはできません。(ウィリアム・ペン)
     (1975.12.7「キリストの福音」より)


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by hioka-wahaha | 2014-07-31 01:57 | 日岡だより
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