No.647 神の国を求めよ 2014.6.8

神の国を求めよ
 
 ちょっと茶目っ気を出しました。ご覧のとおり、外側の頁にマンガを刷りこ
みました。でもまんざら、ふざけているばかりでもないのです。このマンガ、
いいせりふがたくさんでてきます。たとえば、本誌に刷りこんだ分では次のよ
うな具合。
 「―――いける!と思って出たんじゃ一呼吸おそい。―――どうだ!とばか
りに打った球はぜったいにきまらない。―――ああ打とうか、こう打とうかと
そんな意識をこえて、もっと高い域へはいること。」
 無意識に打ち返した球が、ピシリ相手の死角にはいる―――、沢庵禅師の不
動智神妙録をそのままマンガにしたような画面もでてきます。
 このマンガ、一昨年から今年にかけて、週刊マーガレットに連載された少女
むけの、いわばスポーツ根性ものです。いま全十巻発売されています(集英社)
が、多分貸本屋にあるでしょうから、借りてお読みになることをおすすめしま
す。私は十数年前、白土三平の劇画を見て以来、この世界(ジャンル)(に恐る
べき展開があろうと信じてきました。最近ずっと、この劇画(orマンガ)の世
界に、どうしてキリストの生命があらわれないのかと不満でたまりませんでし
た。このマンガ「エースをねらえ!」(山本鈴美香)には、何かそういう生命の
かおりがあります。少々、キリスト教の肌合いとちがい、仏教的、また禁欲努
力型の度のすぎる処もありますが、しかし一読する価値はあります。
 
 平凡な女子高校生岡ひろみが、鬼コーチ宗方の独特の眼力で発見される。抵
抗するひろみも、しだいにテニスの魅力に目ざめ、きびしい特訓にきたわれつ
つ、世界の桧舞台に上っていく。その時、宗方コーチは覚悟していた病に倒れ
ていく。―――というカンタンな筋だてです。
 「私はダメです。私には素質がありません。私はもうテニスをやめます」
 とひろみは、宗方に食いつきます。
 「素質が無いなどと二度というな。私がお前を信じているのだ。私がお前を
見出し、そして技をたたき込む。それを信じろ!」
 と宗方はいう。―――私は、神様が私を見出し、私を特訓し、私に弱音をは
くを許さず、次々と鍛錬の場を与え給うことを思います。私は何度か悲鳴をあ
げ、神様の手を逃れようと思いましたが、遂に逃れる事はできません。なぜで
しょう。神は、私の知らない私の能力・素質を私の内に発見して私を完成させ
ようとしている。鍛えられれば鍛えられる程、私の内に眠っているであろう私
の中にある未知の私の「宝」に、私は感動するのです。
 
 宗方コーチは、羽田をとび立つ愛弟子を心に描きつつ「岡、エースをねらえ!」
と最後の言葉をのこして死んでいきます。
 主イエスが、私どもに「神の国を求めよ」と生涯かかって教えて下さり、そ
して十字架上にお死になさった、その「死」から生じる生命の言葉が今わたし
どもにささやき、力づけるのです。
 私どもも、主の御選びを信じて「神の国」に飛び立とうじゃありませんか。
(1975.11.2「集会だより」より)
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by hioka-wahaha | 2014-06-18 16:44 | 日岡だより
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