No.633 死を考え生を考える(6)やごは死なない 2014.3.2

死を考え生を考える(6)

やごは死なない 

 死に直面したご本人のなまなましい文章が本になったのは東大教授の岸本英夫の「死を見つめる心」が初めてであったとおもう。今も、みずみずしく私たちに語りかけてくれる画期的な本である。その初版は昭和三十九年に出た。
 次に出た衝撃的な本はキュープラー・ロスの「死ぬ瞬間」である。日本における初版は昭和四十六年である。こうした良書は生まれるべくして生まれた時代の書でもあった。そうして、死を考えるまじめな風潮はしだいに日本にひろまってきたようにおもう。
 さてこのキュープラー・ロスだが、彼女はまだ若い時、あの悪名高きドイツのアウシュビッツの強制労働所を見学したそうである。そこで彼女は死んで行った子どもたちが壁に描き残したチョウの絵を見た。その時から彼女は死に行く人々に対して敬謙な興味を抱き始めたもののようである。
 彼女がそのことを確か昨年だった、NHKのテレビで語った。正確には忘れたが、大体こんなことだったと思う。彼女は言う。チョウの絵は子どもたちのメッセージである。チョウこそは、再生を願い、復活を信じ、来世に飛躍しようとする彼らの、私たちへのメッセージである、と。
 トンボもチョウに似ている。幼虫(やご)から成虫に脱皮する。やごが脱皮する現場に居合わせた人がいる。やごは脱皮しようとして全身を震わせ苦もんしている。あまりにかわいそうで、その人はそとの皮をナイフで切ってやった。しかしそれは誤った同情であった。やごはついに空中に飛び出すこともできず、死んでしまったという。
 やごは全身に力を込めて古い皮を破って出る。その際、羽のすみずみまで血液が行き渡って強い羽になり、空中に元気よく飛び出して行くのである。先ほどのように無知からくる誤った親切は、生まれかけたトンボの羽をグニャグニャにしたまま飛び立たせることができず、かえって殺してしまうのである。
 さて、やごは幼虫時代の殻を脱ぐとき彼自身は、ああもう死ぬんだと思うことであろう。しかし、あの苦もんのすえ、死んだとおもった瞬間、彼は新しい命に飛躍するのである。
 新しい次元の生命に飛躍すること、それこそが「死」の本当の意味ではないか。やごは脱ぎ捨てた殻に執着は残さない。青空に自由に歓喜して飛んでいる。しかし、時々なつかしげに、かつての棲(す)み処(か)、水辺に帰る。私たちの別れた人たち、死に行きし人々も、時おりこの地上をなつかしんで帰り来ることもあるであろうか。
(1988.10.6~19大分合同新聞で連載。全10回)
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by hioka-wahaha | 2014-03-05 15:26 | 日岡だより
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