No.626 須佐男命(すさのおのみこと)と天照大神(1) 2014.1.12

旅する手紙 第15号(1961.3.23)
 
須佐男命(すさのおのみこと)と天照大神(1)
                                      くぎみや・よしと

 子供を見ていますと、喜ぶ時は小おどりをしてよろこび、くやしがる時は地ダンダふんでくやしがります。大人になりますと、だんだんこういうことが無くなって、感情を心の中で押し殺してしまうようなことをします。然しホントウにその感情が死んでくれないものですから、あとでいろいろ災(わざわ)いがおこります。無理に抑制された感情が胃ガンとか心臓病の原因になるということは最近は医者でも言っているところです。
 
 『あなた方は、幼子(おさなご)のようにならなければ、天国に入ることはできない』
 とイエスは言ったそうですが、前述のような面から考えても、やっぱり真実の言葉ですな。子供のようにワァワァわめいたり大声で笑える人でなくては天国的たのしい生活はできませんね。
 だからといって、感情をすぐ表に見せて泣いたり笑ったりする人は周囲に大いに迷惑をかけるものです。社会秩序からいったらこういう人は困るのですよネ。そんなわけで、特に近所・親族のつきあいを気にした日本在来の道徳は親が死んでも泣かんのが男というような躾(しつ)けを尊んで来たのです。この「旧式」の道徳を、いちがいに悪いとは申せませんです。他人への迷惑を一向に気にかけないような感覚(センス)は、どこか人間として重大な欠陥を持っているわけなのですから。
 しかし過ぎたるは及ばざるが如し、余りに人に迷惑かける事を気に病んで感情を内に押し殺しているし、却って周りの人を陰鬱にし困らせる事があります。
 
 「古事記」を開いてみると、須佐男命(すさのおのみこと)は感情露出型です。自分の好きな国の王様にしてもらえないとあって口惜しくてたまらず
 「泣きに泣き、青山も枯れ、海川も乾し上る」ほど
 に泣き、その為に地上に蠅がわき、いろいろな災難が生じたと申しますから、これは見事な泣きぶりです。豪快なもンです。
 周りのものはタイヘンな迷惑ですが、泣いた本人はそのあとではサゾけろりんとしていたことでしょう。散々に悪たれつきながら、どことなくサッパリしていて憎めないヤクザもののようなタイプ。これが須佐男命です。
 ところで、その須佐男命の乱暴が余りにひどくて死人まで出る始末ですから、姉君の天照大神の御心労はひとかたでない、ついにノイローゼになって(などというと国粋主義者からは叱られようが)「天の岩屋にたてこもり、為に高天原はみな暗く、葦原の中つ国もことごとく暗し」というのですからよく読んでみると、須佐男命の乱暴による被害より、天照大神の憂鬱症による被害の方が更に甚大で区域が広い。正直ものの娘さんが一寸会社の金を使いこんで、そこで自殺さわぎを演じて周囲の人々がホトホト心配する―――というのに似ていますよネ。
 
 そこで須佐男命と天照大神の二つの型を一つにあわせて、うまい精神修養の道を伝授しましょう。精神修養というとコチコチになってマジメに生活することをいいますが、これは大マチガイ。(つづく)

(「旅する手紙」・・・1961年2月から3月にかけて、回覧誌のような形で書いたもの。肉筆の複写版。原文縦書き)
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by hioka-wahaha | 2014-01-24 23:05 | 日岡だより
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