No.621 『人間改造ただ一つの道』(1) 2013.12.8

旅する手紙 第12号(1961.3.20)
 
『人間改造ただ一つの道』(1)
                                         くぎみや・よしと

 この手紙の前に、第十一号『自分を見くびるな』というのをかきましたが、あれは途中でくたびれちゃってあとは次号のおタノシミというふうで、テロ少年問題などを書きたいなどというて、とうとうそれきりです。サキのことは約束せんもんだと思いましたね。第十二号のあとを追うてこの手紙が旅するかどうか分りませんが、余り前後必然性のないものができるでしょうから、まァ余り第十一号にこだわらずおまわしねがいます。
 さて、第十一号に、大分の駅前で防火用水で溺れかけた子供をある人が救った時の事をかきました。私は今でも覚えていますが、この時、Kという老婦人と御一緒に大分駅におり立ったのでした。そしてあの第十一号で書きましたような『ヘンな話だが時計とか服とかが気になって、急にとびこめんだろうなァ、僕だったら』というような感想をその方に言ったように思います。その時、その老婦人がどう答えて下さったか、又その老婦人が今もそのようなことを覚えているかどうか、私は知りません。その後、その方にお会いした事があるかどうかもハッキリしません。
 ところで、その御婦人は若い時には精神統一か何かの行をして日本刀の刃わたりなどの修行もしたという、デキた人です。宗教的な知識や洞察がふかい人で、私がいろいろしゃべっても、何もかも『分っている、分っている』というタイプの人ですし、私も又その頃は口からアワをとばしてしゃべりまくり説明をするという巻き込み伝道の頃ですから、カチッとどこかかち合ってしまうわけです。
 でも、信仰とは知識的信念の事ではない、心情の世界における一事実なのですから、それだけでは困るわけです。何か一本りきんでいるタガがはずれるような魂の経験がなければいけません。
 あの頃からもう十年程たちますかしら、きけばもうあの老婦人も六十六才ぐらいとかいう(オヤそういうと十年前のあの方を老婦人とは気の毒でした。私も若かったからそう見えたんだな。そういう私も今は数え年で四十。テレビで今日、四十才以上の保健薬などというコマーシャルをみてオドロイたしまつ)。
 (つづく)
 
(「旅する手紙」・・・1961年2月から3月にかけて、回覧誌のような形で書いたもの。肉筆の複写版。原文縦書き)
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by hioka-wahaha | 2013-12-17 13:33 | 日岡だより
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