No.618 自分を見くびるな(1) 2013.11.17

旅する手紙 第11号(1961.3.2)
 
自分を見くびるな(1)起筆 61年2月28日

         ☆
 ぼくは人のセン気を気に病む方か知らんが妙な事を心配してドキンとすることがある。もう十年程前のことだったかな、大分駅で降りて駅前の広場に来ると、大きな防火用水(戦時中造られたものだろう)があって、そこから中年の男が溺れかけた男の子を救い上げてビショぬれにぬれて上って来るところだった。男の子は、つめかけているヤジ馬にびっくりしてそのままかけて消え去ってしまい、助け主の男はズブぬれの背広のまま気恥ずかしそうにこれまた逃げるように消え去っていく。ヤジ馬は(この私も)声かけるイトマもなく、そこにお巡りさんも新聞記者もいないことに腹立たしく思っているのみであった。
 それはさておき、その時の街の英雄の左手にピカリ光っていた腕時計が私の心を射たのである。
 「あゝオレだったら」と、こう私は思う。「子供が水に落ちたと知った瞬間、服を脱がにゃならん、腕時計を外さにゃならん、とぐずぐず思っている中に、子供を助けることはできんだろうな」と、自分のフガヒなさを苦にやむのである。その時私の持っている腕時計は質流れで買った二、三百円のもの、頃は秋の始めで私はまだシャツ一枚だったのから、これは噴飯ものではないか。
 ところがその時、私が安物の腕時計しか持っていなかったというのは、また背広を着ていなかったというのは、ソモソモ駅頭で知り合ったルンペンが更生するというので何のチューチョもなく服をぬぎ腕時計をやって、「これで金にかえろ」とヤクザの親分よろしく男気を出したおかげなのである、あとで「なんで君はその男を市の社会課に行かせなかったのか」と言われてナルホドとポカンと口をあけて感心した。今の時に至るもその男から礼状のハガキ一本来ない。
 ぼくはもう一人、服をやった男がいる、のちに捨子を拾ってケイサツに行って署長と話している時、署長室の窓からフト見ると、手錠をはめられて刑務所に(拘置所)に押送されて行く彼を発見した。
 「あれはどうしたんです」
 「さあ何ですかな。無銭飲食か何かでしょう」
 勿論私は彼の罪名をもう一つ追加しようとはしはしなかった。今度出たらまた訪ねて来いヨ、但しもう服は無いぞ!と言ってやりたかったが、署長の手前それもはばかった。私はただ目の合図で彼を送ったが、その後彼の消息を私は知らない。
 さて、つまらぬ事を書きすぎたが、私は実は人間というものが自分で卑下する程ケチでも臆病でもないという事を言いたかったのだ。
 (つづく)
 
(「旅する手紙」・・・1961年2月から3月にかけて、回覧誌のような形で書いたもの。肉筆の複写版。原文縦書き)
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by hioka-wahaha | 2013-11-30 23:11 | 日岡だより
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