No.613 旅する手紙 第1号(1961.2.28)-2 2013.10.13

旅する手紙 第1号(1961.2.28)
 
「信じる」という事について
 
 (つづき)
 でもねエ、内省的な人では却ってツマヅキのもとですし、又ああいう方法は魂の法則には反するように思いますね。
 多くの人が、信念と信仰をゴッチャにしています。(道理と信仰をゴッチャにしている位に)。意識に表面意識と潜在意識がある。同じく信念も表面意識でおこるものと潜在意識でおこるものがあります。表面意識で強固に同一観念を固執することを信念といい、潜在意識で思わずしらず信念されているものを信仰とよぶことにでもしましょうか、そうすると少しは信念と信仰の差が分ります。
 多くの宗教が、いまだに信念の宗教にすぎません。信念の人は、本人は意地をはって時にはエラク見えますが周囲の人にとっては肩がはり、気分が緊張し、メイワクな存在であることが多いのです。
 信仰の人は時には定見がなく、ヌラリクラリとしていて頼りない人のようですが、実はつきあっていてあたたかいたのしい人が多いのです。まして信仰の人が品行方正で酒をのまずタバコものまぬという人のことではありません。時にはアヘンをのみ、アヘンをやめようと思ってもやめられず、だからムリにやめようともせず、静かに天余を待っている信仰の人が居るかもしれません。
 あなたが、何教の人であろうと又無宗教の人であろうとかまいません。ただ意地をはる頑固な老化現象を来たしたような「信念」の人にならないで、ヒョウヒョウと人を許し、自分を許し、愛し、いたわり、至ってノンキに生きていく“信仰”の人になることを望みます。地球上には終末的様相がたちこめていますけれど、右のような人にとっては、この地球も楽園ですね。
 もし、神様というものがありますなら、我らは神のよい子(エリート)意識を持つのではなく、(馬鹿の子ほどかわいいというような)神に可愛がられる愛くるしい神の子になりたいと思うのです。
 オヤ、もう十枚かきましたナ。
 一寸多忙で、矢張り字が荒れました。申し訳ないがよろしく御判読下さい。
 御祝福をいのります。
                                    くぎみや・よしと
 
(「旅する手紙」・・・1961年2月から3月にかけて、回覧誌のような形で書いたもの。肉筆の複写版。未発表。
15号まであります。)

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by hioka-wahaha | 2013-10-21 10:01 | 日岡だより
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