No.607 あるキリスト者の超宗派指向について① 2013.9.1

あるキリスト者の超宗派指向について
        (1972.9.6「大分通信」No.8より)
 
 八月三十日朝日「思想史を歩く」に「明石順三と灯台社③」と題して鶴見俊輔の文章がのっている。鶴見氏はヤマギシの縁で何となく親しく感じている(会った事はない)人だから、念を入れてよむ。抜粋すると、
      *      *
 明石順三とその子真人とは、それぞれ遠くはなれた獄中にあったので、たがいに通信することはむずかしかった。
 獄中の思想犯は、自分の読みたいと思う本を読めるような状況にはいない。刑務所のそなえつけ図書中にあってたやすく読めるものは、国家主義のうらづけとなるような修養書、神道の系統にある古典、仏教の通俗書などであった。
 真人が古事記、日本書紀などから、天皇にたいする献身と天皇の名による日本国家の命令への服従とをまなびとったのに対して、順三は、古事記その他に人間の誠実さと助け合いの精神が聖書とおなじくあらわれていることを感じた。世俗の権力や富の支配をこえた人間共同の価値があらわれていると感じた。
 この直観の中には、キリスト教の聖書の中だけに神の教えがあらわれているというものみの塔米国総本部の教理とはちがう感じ方がある。だが、順三は神道の中にも、仏教の中にも、人間共通の理想を見た。
 戦後に明石順三の書きのこした大部の文章は、今日の日本につたえられた世界のさまざまの宗教的伝統がふくむ人類共通の宗教的価値についての彼の思想をのべたものである。
 いたるところで、聖書と仏典とを交錯させて論じ来たり論じ去る。空なるものにおける万物の一体性を体得するということを説く。空に徹するものにはおのずから慈悲の心が生れ、国家主義とは無縁となる。この立場に立つならば、国家権力が古事記を援用して軍国主義を説く時にも、戦後の占領軍司令部がキリスト教文明の名において反共主義を説く時にも、それをうのみにしない別の立場が、民衆ひとりひとりにひらける。それが、明石順三の考える宗教だった。
 こうした新しい境地に立った明石順三は、なぜ、敗戦後、獄中から出てきてから、積極的な宗教活動をすすめなかったのだろうか。 
             (つづく)
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by hioka-wahaha | 2013-09-11 12:16 | 日岡だより
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