No.603 卓話寸言(1972.7.22「大分通信」No.7より) 2013.8.4

卓話寸言(1972.7.22「大分通信」No.7より)
 
 若い人の、時間の浪費を見ていると、見ておられない。
 余程、口を出そうかと思うが、言っても分るまいと黙ってしまう。私達も若い時、ああだったのだなア。
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 悲しい人、淋しい人、苦しい人。
 目を上げよ。
 自分を世界にただ一人しかいない貴重な人間だと悟れ。
 無生物の時代から、ここまで生きてきたエリートなのだと自覚せよ。
 偉大なる「我」に目ざめよ。
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 現代のような、生きやすい気楽な時代は、人間の歴史上、かって一度も無かったのではないか(水俣病やカネミ油症の人を思うと余りにノンキな口調で気がひけるが)。
 この時代に、泣き言、くり言を言っているのはメメしい限りだ。
 人類の原始時代を思え。戦国時代を思え。今のような自由、今のような豊かさはまず無かったろう。
 人間は、そういう苦難の時代にあってライオンの如く強く、また亀のごとく忍耐ぶかく生きてきた。今の人間は、ちょっとの権力干渉にもおびえ、少しの貧しさにもたえ切れず、足なえた羊のように、土の中のみみずのように生きる。そして、住宅と電気製品をほしがる。
 よしておくれ。人間はもっと雄々しく生きていけるのだよ。
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 「正義の味方! ××マン」氏が数多くTVに出場なさる。すべて世界の平和や正義を語る。つよい悪魔が出てくる。正義が負けそうになる。そこで「正義の味方」氏はやおらヘンシンして何万馬力の力で悪に勝つ。正義はやはり、「力」が無いとダメという設定。こうして、暴力讃美、「核」的破壊力謳歌のソングが流れる。この平和日本の全土に………、ああ。
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 東京に空はない!
 と智恵子は言った。狂える心は、東京の未来を先見していた。狂える眼が正しくて、正気の心が狂っている。
 自然があらされると言って、自然を補修してまわっても追いつかないほど、人民の心があらされている。
 家庭の衛生がわるいから不健康児ができたと言って、家の衛生環境をなおせば、体の健康は取りもどせる。しかし、子供の心がむしばまれた時、環境をなおすよりもその心を再建させる方が急務である。環境を被害者自身の力でつくりかえる程の回復が必要である。消費者連盟などの役員に不明朗な会計事件がおこったりするとその事を思う。そういう不純な生きざまにすぐ転落しやすい心の弱さを、彼らは被害者としてつくられている。
 それは、自動車・テレビの欠陥よりも、まだこわい。自動車やテレビの欠陥は加害者に批難攻撃をあびせ弁償を求め得るが、心をやられている被害者は、加害者にウップンをはらす前に、自分の心を再建せねばならぬ。(つづく)
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by hioka-wahaha | 2013-08-14 08:13 | 日岡だより
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