No.196 オズボーン師の教えの新面目 2005.10.2

オズボーン師の教えの新面目

 何度か申し上げたが、私のオズボーン先生による神癒の開眼は、多分先生の初著だったであろう「キリストによる癒し」という本によってなのであった。この本の新訳が今回リリアの会場に出ていたので、買って帰った。開いてみると訳は違うけれども、内容はいささかも違わない。先生の癒しにたいする姿勢は少しも変わっていないなと、あらためて先生の信仰の息の長さに感心したのである。
 他の、新しい先生の本もよいが、癒しに関する限り、簡約なテキストとしてはこの「キリストによる癒し」が一番良いと思う。特に病気の方で自分に当てはめて癒しを求める方には、この本が一番良いと思う。推薦します。
 ところで今回、先生に接してたった一つ、先生変わったな。新しい境地を開いたな。と思えた重大な教えがありました。それはイエス様こそ、私たちの模範である。私たちのモデルである、ということです。
 今回、会場で配布した先生の「私の信仰の宣言」というパンフレットに、こういう文章が載っています。
「神は私を神に似るものとして造られました。私は神の子どもです。あなたは私のモデルです。私はあなたを熱心に真似ることを選びます。
 あなたが生きた命に私も今、生きます。あなたが油注いだ聖霊が、私を通して働かれます。あなたの奇蹟の命が私の中に解き放たれることを理解します。神はあなたをとおしてみ業をなされました。今それが、私を通して続けられています」。
 そうです。確かにパウロもエペソ5:1で言っていました。「あなたがたは、神に愛される子供として、神にならう者になりなさい」と。《く》
 

主にあって強くなりなさい 

 去る9月29日の夜、橋本先生のカルバリ・チャーチで在原繁先生の宣教報告集会があった。私は妻の入院している湯布院の厚生年金病院に行っていたので、少々開会に遅れたけれど、先生のメッセージはすべて聞くことが出来たので、感謝であった。
 私は多分、先生とは1993年8月の宮崎の青島聖会で初めてお会いしたのではないかと思う。当時、先生は44歳であったから、今年56歳か、世間ならば、ぼつぼつ定年引退を考える年配だが、先生はまだまだ元気一杯、再び宣教地アルゼンチンに帰られるのであろう。羨望に堪えない。
 先生のメッセージは正に先生の熱い信仰生涯の証しに他ならない。先生はご自分を「弱い者」と言われた。「何度も絶望の極限から救われた」者として表現された。そこに「主にあって、その偉大な力によって強く」(エペソ6:10)された者の勝利の宣言があった。
 私はこのみ言葉に始まる例の悪魔の策略に対抗して立ちうるため」の「神の武具」についてのパウロの教えを想起した。
            *
 先生はいう。「私は弱い者です。自分の心をさぐると、汚れた醜い思い、不安や不信仰が一杯でたまりません。そのドン底から主に救い上げられて、やっと立ち上がるのです」というように言われる。
 そこには景気のよい「勝利や成功、幸福の神学」はない。現今流行の「繁栄神学」ではない。言わば「絶望の神学」である。私の心は激しく打たれた。
 私のもともとの信仰の原点こそ、それであった。私は絶望のドン底に陥り、地獄に落ちて行く炎の中の自分を見て、「我、生まれざりし方、良かりしものを」(マタイ26:24参照)」と嘆いたあの日を思い出したのである。
 人間の肉体を想像するとき、その肉体を死に至らしめられる至近の個所は、心臓か、肺か、そして脳であろう。この心臓や肺の胸部や、また脳を護るものは何か。エペソ人への手紙第6章14節以下に、こう言う。「正義の胸当を胸に、救いのかぶとを頭につけよ」と。 心臓は血を全身にめぐらせ、肺臓は息を司さどって血液を浄化する。この部所が侵されると、生命の危険と不安を直感させる。私は喘息と狭心症の持病があるので、この感覚がよく分かる。この不安を解くものは「正義の胸当」、それはキリストにある「神の義」である。
 私は、先生がご自分の絶望的弱さを告白する時、無力感というより、心にひそむ罪や汚れ、不純の思いをおっしゃるので驚いたのである。宣教地に有り勝ちな異民族間にある葛藤や軋轢、経済や暴力的不安などを語るかと思いきや、先生は思春期の乙女が口にするような魂の汚辱感を語られたのである。
 宣教師としては思いもかけないその純朴な魂の痛みに私は驚いたが、またその痛みを覆うものは主の十字架の御血潮しかないと言われる先生の信仰の深みに感動したのである。まして脳天をやられるような命の極部を襲う悪魔の攻撃に対しては、主の救いの兜をかぶるしかないのである。
            *
 在原先生のお証で最も感動したのは、預言のみ言葉の凄さ、そのみ言葉が先生の生涯に実現してゆく凄さである。私は先生のお話を聞く時、筆記道具を持ってなかったので、何もメモを取っていない。困っているのだが、だから私の書くことや引用は正確を欠くけれどもご容赦願いたい。
 先生が初め宣教師として決断された時、あるいはその決断をさせられた時、ある預言者をとおして主様からのみ言葉が与えられた。それは神様がアブラハムか、モーセに与えられた派遣のみ言葉に似ていた。たとえば、モーセにたいして神様はこう言われている。
 「わたしは全能の神である。
  あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。
  わたしはあなたと契約を結び、
  大いにあなたの子孫を増すであろう」。
             (創世記17・1、2)
 この言葉は先生を宣教師として海外に派遣する約束の言葉であった。その後も、これと全く同じ言葉が他の方をとおして語られたらしい。特に最後の3度目の預言の際、
 「これで、すべては整えられた。もう預言はこれで
 終わりである」。
 というような言葉がつけ加えられたという。前述したとおり私の曖昧な記憶であって正確ではないが、お許しください。
 そして、翌日だったか、目的国のアルゼンチンの永住権許可の通知があり、渡航旅費の全額供与が知らされたという。預言は全く成就したのである。
 在原先生にお会いすれば分かるが、先生は何も物々しい霊的人物のような雰囲気はない。やさしい暖かい物腰の方である。しかし、先生は祈りの方だ。そこに先生の秘訣があるに違いない。
 カルバリ・チャーチでの特別集会の最後、先生のお話がおわり、それから椅子を周囲に片付けて、私たち牧師も会衆一同も集められ手をつないで祈りの時間を設けられた。1時間の間、会堂を圧して激しい祈りが持たれ、私などはくたくたになった。ご奉仕の在原先生に、またすばらしい場所を与えてくださった橋本先生に感謝する。いいえ、更に大きな感謝を神様に捧げたいのです。《く》

〔あとがき〕
私は最近、難聴の傾向が深まり、しかも、この癒しはなかなかはかどらず、オズボーン先生の癒し集会に期待して行ったら、セミナーでは全く癒しの気配もなく、その点多少がっかりして帰ったというのも事実です。▼ところで先日ある姉妹から電話があり、私の難聴者としての癖で、よく聞こえてもいないのに、いい加減に元気よく返事してしまい、あとで心配して問い合わせたら、難病の心配があったので、私に電話した後、医者に行った処、心配なことは何も無かったとのこと、今これを書いている机上に速達のご返事が来た。私もお陰で大いに感謝、感謝! 今後はいい加減な返事は絶対しませんね。▼ともあれヘーゲン先生でさえ、自分の病気の癒しは難しい、痛みが自分の現実ですからね、と言っています。ヘーゲン先生の率直なお言葉で私も安心したことですが、やはり恥ずかしいですね。しかし、だからこそ、互いに祈り合うことが大切なのです。大先生でも「祈って下さいよ」と言っていますからね。《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2005-10-02 00:00 | 日岡だより
<< No.197 キリストは道であ... No.195 オズボーン師のセ... >>