No.586 日々新生(三月四日~) 2013.4.7

「神の息よ吹け」1974年4月号
-「心に満つるより」改題・通巻第7号-


日々新生   

三月四日(月)会社では新人社員の研修を担当し、終日若い人達とすごす。
三月五日(火)日曜日以来の疲労がまだ取れぬ。霊的集会指導の負荷の重さを感じる。
三月六日(水)霧ふかし。妻と共に祈祷。異言と霊唱の噴出で、気狂えるものの如し。坐禅しばしの後、数年前買っていた「不可知の雲」をひっぱり出してよむ。この著者不明の霊的古典、実によし。
三月七日(木)S姉来たり、妻やN君も加わり、共に祈る。
三月八日(金)妻も同伴し立木姉を訪ね、占星術風にいえば、みんな山羊座の連中がそろったと言って、そういう脱世間的話ばかり。近くフランスに行く(帰る?)というのでお別れの記念に、私の旧曲<行きなれた道の・八木重吉詩>のメモをおくる。知事公舎の庭に出て豊後梅を賞でつつ、昼食を三人で頂いていると、そこへうぐいすが二羽来て豊後梅の枝にたわむれる。全くできすぎた風景になってしまったので呆れる。こちらが宗匠頭巾でもかぶって俳句の一つもひねり出さねばサマにならない。
三月十日(日)日曜集会、冒頭J・R君来たる。一一〇番を呼んでお引取りをねがう。流浪の才人だけに心痛む。集会はやや乱され気味で、気迫こもらず閉口する。但し、閉会後の座談は大いによろしい。▲ルバング島で小野田少尉接触、これは中野学校の教育のおかげだけではない。日本の古武士の遺風である。ぼくの親友安部勝美も同じく特別教育を受け、ヒリッピンにて山下将軍直属の工作員となって、行方不明のままである。彼もすぐれた素質の人間であった。どこかに生きているのではないか。その思いが私の脳裏をはなれぬ。
三月十二日(火)昨日のJ・R君より脅迫じみたハガキが私と妻に来る。私を相変わらずお金持ちと考え、「マンモンよ」と悪口を言って、ひねくれた文章を書いてくる。不動産を全部担保に入れての借金王の私に筋ちがいのわめきであるが、されど尚いまの私によき聖別の戒めであると思う。イエスに取り、荒野の誘惑が、彼の門出へのよきはなむけであったように。
三月十三日(水)大分集会の群の人々のお子さんがたに、高校入試の人多し。今日明日入試日なれば、主の御加護の程を祈る。▲今月は本誌第六号の印刷がおくれているが、今夜より発送用の封筒のあて名書きを始める。お一人お一人の為に祈る。
三月十四日(木)K姉きたり、信仰が偽物でああった、神様にだまされていたとなげく。「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ」と言い給うたのはほかならぬイエスではなかったか。少々の雑言で、神様がへこたれるものか。鮮やかな主の印を拝して帰宅される。
三月十五日(金)N姉は祈祷が下手で本当に困ると、いつもこぼしているが、よく聞いてみると、その映像的祈祷法は立派なもので、感じ入った。▲N君、Y君高校合格す。
三月十六日(土)K君高校合格。H・M君ひとり熊大を失敗し、言葉なし。しばし祈祷もできぬ程だったが、気を取り直し、居合わせた四人で祈る。
三月十七日(日)日曜集会はⅡコリント四章ピリピ書四章五~七により、「事ごとに祈れ」
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by hioka-wahaha | 2013-04-09 23:25 | 日岡だより
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