No.583 事毎に祈れ(六、小さな確証を拡大せよ) 2013.3.17

「神の息よ吹け」1974年4月号
-「心に満つるより」改題・通巻第7号-


事毎に祈れ   

   六、小さな確証を拡大せよ
 こういう小さな確証も又、実に一つの神の「御言葉」でして、このような御言葉を頂いた時、どうぞサタンに奪取されぬよう、又思いわずらいや迫害によって双葉の時に枯らされぬよう、大切な種子として、よき畑で守らねばなりません。(マタイ一三・1~23)
 よき畑―――、それは「信頼」です。信頼という土壌の中に埋めておきさえすれば、あとは農夫は何の力もいらぬ。農夫は無為に日夜おき伏しする程に種は成長する(マルコ四・26~29)。それが神の国の法則です。神の言葉は、しばしば小さき細き声でして、世のいかなる種子よりも小さいカラシ種の如きものです(マタイ一三・31、32)。そのカラシ種のごとき小さい信仰の言葉は、カナンの女に言わせればパン屑のごとく(マタイ一五・27)、又子供の持っていた五つのパンの如く(ヨハネ六・9)、取るに足りぬ小さいものであろうが、それを信仰をもって増大すると大いなる結果をうむ。
 人間は不信の徒です。なかなか百パーセント信じられぬものです。「この山に移りて海に入れと言う時、その言う処が必ず成ると信じて心に疑わないならその如く成るべし。凡て祈って願うことはすでに得たりと信ぜよ」(マタイ二一・21、22)-この御聖句は実に真理です。しかし、こういう山を移すに山程の信仰を持てというのは、非力なやさ男に二〇〇キロのバーベルを持てというに等しいように思われます。
 然し又一方では「カラシ種一粒の信仰があるならこの山にここ、かしこに移れというとも移らん」(マタイ一七・20)とのイエスのお言葉があるのです。カラシ種は、畑にまく時は凡ての種より小さいけれど、育った時は他の野菜よりも大きくなって樹のごとくなる(マタイ一三・31、32)、そして三十倍、六十倍、百倍の実をむすぶ(マタイ一三・8)、そのように私共の小さい小さい信仰(むつかしい問題の時「先生、どうにか信じられるけど、あと二分程疑いが残って不安なんです」などと言ってくる正直な人がいる。二分どころか、九九%不信で一%しか信じられぬという不信の徒)でも、よろしく、「我信ず、信仰なき我を助け給え」(マルコ九・24)と言って主の足下にすがりなさい。
 そのような、人間の「信」を見限った絶望の淵に、本当の主にある信仰がわく自分、そういう信仰でいてこそカラシ種のごとく、三十倍、六十倍、百倍の実をむすんで、山をも移す程の大事を為すのです。このカラシ種のごとき信仰を山程に質量を増大せしめ給う神の国の法則こそ、神を信じるものがこの世に生きていく際の最も実利実効ある福音(即ち力)であると信じます。
 こういう福音的信仰をもって事毎に祈りつづけるのですよ。
 (1974年4月号「神の息よ吹け」より)
[PR]
by hioka-wahaha | 2013-03-23 14:53 | 日岡だより
<< No.584 事毎に祈れ(七、... No.582 事毎に祈れ(五、... >>