No.562 無言の祝福、健康、豊かさの挨拶の祈りを送ろう! 2012.10.14

無言の祝福、健康、豊かさの挨拶の祈りを送ろう!   

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 これまで執り成しの祈りと思っていたけれど、そうではない。無言の祝福、健康、豊かさの挨拶を送るのだ。この無言の祝福、健康、豊かさの挨拶の交流が、互いの祝福、健康、豊かさの倍増を生むのである。挨拶の度に相手の手を握って祝福を祈り、具体的に健康や豊かさや、交わりの喜びの無言の挨拶を送るのです。この挨拶を送ると、その心はこちらに帰って来て、喜びや健康が当方に跳ね返って来ます。挨拶して送れば送るほど跳ね返ってきますから、当方はますます豊かになるばかりです。この無言の挨拶の握手を持って繰り返しましょう、これが幸福の生涯の秘訣です。《く》(2012.9.23.)



父は天国へ凱旋した  

10月5日、父は笑いながら天へと帰っていきました。まさに天国への凱旋でしょう!
90年のこの世の時を経てふるさとへ帰っていきました。

棺の中には贈られた花々と2枚の写真、・・・それだけを入れました。
一枚は四国の方が「先生が来てくださる時のために」と建ててくださっていた、ほぼ完成の家の写真。
もう一枚は家族で毎年旅行していたハウステンボスで母と二人並んで歩いている写真。
(これがまた何ともいえないほどほほえましい・・・)
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母の待っている天国へいそいそと出かけてしまった父。

この世には何の未練もない、走りぬく行程を走り抜いて
輝くイエス様の待っておられる天の住まいへと駆け上って行った父。

一気に・・・!

私にとっては、父は本当に信仰の父、また共に主の兵士として戦う信仰の同志でした。
父との関係がこうなるまでには、主のご計画が様々な形で
どれほど私を導き訓練してくださったことでしょうか。
ありがとう!

心よりイエス様に感謝!
大好きな父に感謝!      (あべたかえ)



釘宮義人の
《戦時信仰日誌》  (昭和二十年二月十六日起)
 
 七月九日 快晴
 母は勤労奉仕にゆく。私は一人家に残って黙想する。躰の弱い母が労働に行くのを黙って見送ってゐなければならぬ程に私の心はあわれにも傷いてゐるのだ。
 世習に對する我が弱さと、戀愛と信仰の動揺と、感情の浮沈と、
 凡てを捨てよ! 此の言葉が又もや私の心を打つのであった。
 あゝあまりにも基督者の自由に甘えすぎてゐたやうに思ふ
 私の生活はあまりに虚偽にみち、カモフラージュされすぎてゐる。もっともっと※○○でなくてはならぬ
 主に対し、肉親に対し、愛するものに対し、凡ての人に対し、もっともっと眞実で謙虚で犠牲的でなくてはならぬ。
 
 八月十五日正午 連合國共同宣言受諾の御詔勅、陛下御自ら玉音もて御放送あり。国民ひとしく痛憤と自責の暗涙にむせんだ大御心誠に忝けなし 
 
 神國であっても何であっても敗ける事はある・・・・・・これは傲慢な民族には大きい戒めでならう。
 
 あゝ然し我が民族に對する愁ひは今後益々大きい。自蔑と落胆と自棄と憤怒と憎悪と、あゝ、我々に負はせられる精神にして一つも良いものはない。
 忍耐とは何ぞ! 其れは宗教者のみが知る力だ。そして此の場合にのみ、力が正義であると云ふ言葉は正しい。          (終わり)
 ※・・・読み取れなかった文字
 
巻頭の一文は、日記のフォルダの中にわざわざファイルを改めて、このタイトルで父がワープロに残してあったものです。また、日岡だよりのフォルダには、9月14日付けで「人生最後に言い残したい言葉」というタイトルのファイルがありました。これは開けてみましたが中身がありませんでした。ここ一ヶ月の父の日記にはいつになく、思索の文章が多かったことを合わせると、天に帰る日の近いことをどこかで感じていたのかと思います。(せつこ)

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by hioka-wahaha | 2012-10-16 15:02 | 日岡だより
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