No.191 オズボーン師を迎えて 2005.8.28

オズボーン師を迎えて

 数年前、アメリカでのベニーヒン師の聖会のビデオを見ることがあった。そのステージにオズボーン師がゲストに招かれて上がって来たので、私はびっくりしたものだ。私はもうオズボーン師はとっくに天に召されているもの思っていたからである。なぜなら、
 オズボーン師は私より20歳は年上の方だろうと思っていたからである。私は今年83歳である。だから先生はもう生きているはずはないと思っていた。又オズボーン師の噂を聞くことが無かったのである。
 私が初めてオズボーン師を知ったのは、日本語訳の「キリストによる癒し」という本によってである。そのことは本紙の先週号で書いた。当時1955年、私は33歳であった。「キリストによる癒し」は多分その数年前には書いた本と思われた。事実、今、手もとの資料でしらべると、この本はオズボーン師の最初の著作で、その発行は1950年とある。まさに、オズボーン師がはりきって書いた最初の本である。
 南方の後進国(失礼!)諸国での奇蹟的伝道集会、そこで何万人という大人数を集めての神癒聖会の説教者である。大物だ。私にはどうしても40歳、50歳の先輩伝道者に見えた。私はこの本によって、神癒伝道者として神様に導かれたのであるし、だからオズボーン師は私の恩人である。この方の、その後の消息が私の耳や目には入らなかった。何故だろう。日本には全然来られなかったからである。
 だからもう、世界の伝道界からは消えた方だと思っていた。それは私の情報把握能力の脆弱さからも来るのだろうが、他にも理由がありそうな気がする。
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 あの「キリストによる癒し」を訳したのは松山福音センターの万代恒雄先生であった。また、かつての日本・京都における神癒聖会の通訳者も、この万代先生であった。当時の京都集会が如何に凄かったかは、今度、頂いたオズボーン伝道の書籍に載っている、あの時の京都集会の大群衆の写真を見ると、想像がつく。
 万代先生はその後、日本を代表すると言ってよい神癒の賜物を含めて、放送伝道や海外伝道の大型伝道者となった。当然、そこにはオズボーン師の強い影響も想像できる。この万代先生がオズボーン師を日本に招かないはずはないと思うのだが、なぜかその企てがない。やはりオズボーン師はもう地上にはおられないのかな、と私が思ったとしても、笑う人はいまい。
 昨年の暮れ近くになった頃だったかと思うが、今年の9月にオズボーン師が50年ぶりに再来日とのニュースをキリスト教関係の新聞で知った。私は驚いた、その突然の来日ニュースもさることながら、オズボーン師が83歳だと言うことが分かったからだ。
 「何だって、私と同じ年ではないか」。私は仰天した。そうすると、私を発奮させたあの本を書いた時は多分、28歳位の若さ。あの驚嘆すべきアフリカなどでの神癒伝道集会は20歳代の若さでやったのか。私は腰を抜かす思いだった。
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 今回、オズボーン師の新著「贖われた祝福」の書評を書いてくれというリバイバル新聞からの依頼があって、その本を送ってくれた。読んでみると、凄い。かつての「キリストによる癒し」が、キリスト教神癒をストレートに書いた基本的簡約テキストとするならば、今回の「贖われた祝福」は「癒しの教理と実際」を網羅するテキスト大全集である。
 人はなぜ罪を犯したのか。その罪から病気が生じる。悪魔とは何か。キリストは地上に何故うまれたか等々、キリスト教の教理の大略を落すこと無く掲げる。
 そして神癒の力の根本、如何にして癒しの力を頂けるか、失敗しやすい原因、そんなことをすべて丁寧に書いてくれているが、そこに神の御言葉に対する信頼や熱情、まだイエス様を知らない民族への宣教熱。そうしたオズボーン師の溢れるばかりの思いが、読む私たちに伝わってくる。
 この本を読むと、先生は20歳の時デイジー嬢と結婚し、23歳(太平洋戦争終結の年)の時インドに宣教師として行った。しかし失敗してアメリカに帰った。そんなことが分かる。こうして、イエス様を知らず、未回心の国に行って、福音を伝えることの困難さを身をもって体験した。これは先生夫妻にとって大変なショックで、大事な経験であったと思う。
 そして数年後、すばらしい先輩たちに会う。彼らの圧倒的癒しの伝道の現場にふれ、先生夫妻は覚醒する。聖書の奇蹟の真理を発見して、その後ジャマイカにおける宣教の後、本格的に世界宣教への活動を始めたのだそうです。それは1949年、先生は27歳の若さだったのです。私(釘宮)がちょうど大分市鶴崎で独立伝道を始めた年です。
 私は後に大分市中心部にもどって集会を始めていましたが、そこで初めてオズボーン師の「キリストによる癒し」にふれ、そして私の神癒伝道が始まります。それから、ちょうど50年たちました。そして昨年の終わりの頃だったか、オズボーン師再来日のニュースを知るのです。
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 さて、今回の「贖われた祝福」という先生の本ですが、小さい字で約500頁の大冊です。最初に「この本は真の人生のための7つの賜物、7つの祝福、7つの啓示を公表しています」と約束しています。
 このように数字を打って文章の区分をつけ、文章を分かりやすくするのも、先生の親切です。お陰でかなりむつかしそうな説明文も見やすくなります。こうして綿密に長文を書いておられるのも驚きです。
 時には驚くような提言を出します。「しばしば、貧乏でいなければ敬虔なクリスチャンになれないと心の底で思っている人も多いかも知れないが、それは間違いです。神様はご自身の子どもたちが富んでいるのを見るのは嬉しいはずです」、などと言います。
 また、「祈りについて、悲痛な声をあげて泣き叫ぶようにして祈らなければ神様は聞いてくれない、などと思うのは最大の誤解です。神様は愛の方です。祈らぬ前から私たちの必要を知って満たしてくださる方ではありませんか」、などと言ってくれます。
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 オズボーン師は、これまで一人としてイエス様の言葉を聞いたことの無いような未回心の国に伝道することを決めていたようです。「私は異邦人への伝道者」、また「人が行ったあとには私は行かない」などと言ったパウロに似ています。こうしたことが、これまで長い間先生が日本に来なかった理由かもしれません。
 あの頃、先生が日本の京都で伝道された時、日本の国が東南アジアや、アフリカ、南アメリカのような未伝国とは見えなかったのかも知れません。私の独り合点の判断ですが、先生の宣教上の信条の故に、既宣教国である日本へは行かなくても良い、あの国は万代先生に任せておこう、とでも思われたでしょうか。
 しかし、この度、日本に再来日されるのは何故でしょうか。私の立ち入るべき問題ではありませんが、先だってハーザー8月号で「日本にはリバイバルが起こる、リバイバルが起こると、もう耳にたこが出来るほどアメリカなどの高名な先生がたの預言を聞くが、一向に日本にリバイバルが来ない。これはどうした訳か」、という某先生のご意見が出ていた。まさに然り。
 日本は非キリスト教国でありながら、日本のクリスチャンや牧師、神学者たちの質がよい、もうすぐリバイバルが来て良さそうであるのに、それが起きない。
 これには霊的地政学と言うか、他国に例のない問題がありはしないか。この問題についてオズボーン師は何か期すものがあるのではないか。これは私の思い過ごしでしょうか。今回の川口市における先生のセミナーに期待することが大きいのも、この期待もあるからです。《く》

〔図書推薦〕
オズボーン師と娘さんのラドンナ師との共著「新しい奇蹟のいのち」、世界各地で行った癒しの伝道集会における驚天動地の奇蹟の証し集です。273頁。1680円。発行所はイルミナイター、発売は(株)星雲社。▼「贖いの祝福」も先週号に書いたとおりです。ぜひお求め下さい。教理的にも、しっかりしていますから。いずれもキリスト教書店でどうぞ。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-08-28 00:00 | 日岡だより
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