No.540 母の日を迎えて 2012.5.13

母の日を迎えて

 今日は母の日です。私は自分の母を思い出して、感慨にふけっています。
 私の母は釘宮ツギ、長女の次に生まれたので、祖父は何の深い考えもなく「次に生まれた子だからツギ」と名をつけたものらしい。ご本人は多少イヤだったのでないかと思われる。
 そこで四十歳の頃だったのですが、当時大分市の大手町に住んでいた、ちょうど直ぐ向かいの家の主人が姓名学の会を始めた時、早速自分の名を変えて貰おうと頼みこんだのです。その日本姓名学会といういかめしい名前の本部の先生か選んでくれた名前がなんと「希和」です。これには母も大喜び、自分の信仰にぴったりの名前。つまり、「希望と平和、これだ、これだ、これは良い」という訳、早速、親族や信仰の友達に改名の通知を出して使い始めたのです。 
 私も母に勧められて名前を変えましたが、良典(よしのり)という名です。私はしばらく使いましたが、イヤになって止めました。 尤も私の本名の「義人」という名も元々、私自身、名前が重荷でしたので喜んで早速変えていたのです。「義人」という名は学校などでは、よく先生あたりから「ギジン」と呼ばれて「俺、義人じゃないよ、心は汚れているよ」とショックを受けていたのです。
 とは言え、良典という名にもなじめませんでした。よく考えると、やはり義人が良い、「義人は信仰により生くべし」だ、「義人で行こう」と思い直したのです。
 私の心は汚れている。決して義人じゃない。しかし、聖書に従い、信仰によって義とされているのだ、義人で良いではないか、大胆に使おう、と心を決めたのです。
 義人という私の名は少年期から青年期にかけて随分重荷でした。しかし、信仰が確定してからは、賛美でした、嬉しいでした。私は大胆に「私は義人だ」と宣言できる確信を持つことが出来るのですから、これは素晴らしいことです。
 しかし、母は前述のとおり喜んで「希和」という名を生涯使いとおしました。お気に入りだったのです。
 母が四十歳代の頃だったでしょうか。私の青年前期です。母が毎朝、早く大分川のほとりに言って祈った時期がありました。
 信仰の確信を求めていたのでしょう。半年ほどして、その朝の祈りから帰って来るや否や、私を抱き止めて、「義人、義人、信仰が分かったんだよ、母ちゃんは、イエス様に救われているんだよ。それが、はっきり分かったんだよ、母ちゃんは。今朝、祈っててね、神様がおっしゃって下さったのだよ」
 私は子供心に「信仰とは、こうもはっきりと起きてくるものか」とびっくりして母を見守ったものです。いわゆる「回心」と言われる信仰経験を私は初めて客観的に見た訳です。その日から母は確かに変わりました。
 それ迄は、得てして落ち込みがち、不安になったり、悲しんだり、その母が急に明るく大胆に言葉も行動も変わりました。父が死んで以後、家業の農家相手の肥料小売商だったのですが、一応番頭さんに任せてあるものの、店の主人として責任を負う重荷に耐えかねる時もあっただろう、ところがその時から母は毅然とした態度で番頭さんに応対し、時にピシリと命令らしきことを、しかし女性らしく柔らかく物言いをする人になりました、子供の私にもそれが分かるのです。
 後日、私が戦時中、非戦論と召集拒否で裁判にかけられ、刑務所に送られた時にも、身分を束縛されている私に衣類や食べ物を差し入れする仕事は厄介なことだったでしょうが、母は難なくやり遂げたのです。戦時中の非国民の息子に差し入れに来る老齢の母親に刑務所の役人たちは案外に親切だったそうです。
 戦争中、非戦主義で牢屋入りした息子の母親を見舞に来る人は少なかったのです。気の弱い信者諸君は恐れて私の留守宅を訪ねかねたのでした。母も淋しかったでしょう。しかし、頑張ってくれました。私が福岡の刑務所に送られてからも、何度か福岡まで面会に来てくれましたね。
 母は父が死んでから、特に信仰が強くなったように思えます。伯父が編んでくれた父の遺稿集がありますが、その遺稿集の文章が母には良い信仰の励ましとなったようです。母は父を本当に信仰の人として尊敬していました。
 父の残した内村先生の本などを読んで、感激して吐息をついて本を伏せて休んでいることがよくありましたが、今思えば、女性としてはかなりの読書家でしたね。
 父親の信仰も、母親の信仰も、子供にとっては共に影響は大きいですが、特に母の信仰は心情的な影響が深いように思います。「母の日」というのは、単に「母なる人の恩を想う日」ではなくて、「母なる人よ、誠に良き強き母になれかし」という日ではあるまいかと、思う。
 すべて、世の母なる人よ、「良き強き母になれかし」とお薦めしたい。「是非、是非、良き強き母になれかし」と。(釘宮)
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by hioka-wahaha | 2012-05-15 18:05 | 日岡だより
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