No.535 主なるキリストのご復活を崇めます 2012.4.8

主なるキリストのご復活を崇めます

 今日は教会暦によるとイースター(復活祭)の日であります。イエス様のご復活を祝い崇め賛美する日なのです。キリスト教においてクリスマスに並ぶ大切な祝日であります。
 さてイエス様のご復活の意味を学ぼうとする時、その前に十字架の死についての学びを深くしなければなりません。
 イエス様が十字架上で「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれたと聖書に残されています。それは「わが神、わが神、なんぞ我れを捨て給いし」という意味だとマタイによる福音書では解説付きです。旧約聖書詩篇22篇1節の聖句のそのままの言葉です。イエス様が内心深く潜めていた思いの言葉でしょう。
 これはイエス様の神様への怨みの言葉ではなく、ご自身が人類の罪を一身に背負いなさって神様から捨てられる事を確認する厳しい言葉なのです。
 イエス様が十字架上で死なれるということは、単なる生命の死ではなくて、人類の罪の全てを背にして死んで行かれる、つまり陰府の底にまで下られるということを指しています。それは神に捨てられることなのだと証言なさっておられるわけです。
 イエス様はこの時、死のドン底の体験を証言されているのです。全人類の罪を贖い救い給う御心の告白です。並々ならぬ深刻な死を背負って行かれるイエス様の御自らの証言なのです。そして、その死を蹴破って勝利の復活をなさる覚悟を表白されているのです。
 父なる神様が愛するその独り子を十字架上で殺して、陰府にまで追い遣ろうとされる真意は人類の救いです。神様は天にある目に見えない霊的な存在者です。その神様が地上に降りて見える肉の存在者となられた、それが独り子ということです。ですからイエス様は父なる神様ご自身の化身です。
 即ち、イエス様の死は神様ご自身の死です。そこまでご自身を追いつめなければ人類は救えない、これが神様ご自身の人類救済の秘策です。神様のたぐい無き憐れみです。
 イエス様の十字架は父なる神様の至上の愛の自己表現です。逆に言えば、そこまでなさらねければ救い得ない人類の罪の深さということです。
 私どもは地にひれ伏して神様の御愛を誉め称えましょう。アーメン、ハレルヤ! 《く》


〔聖書講義〕
我が内なる「福音」   
 
 さて、働きのある電気は、流れる電気です。電気は流れないと力を発揮しない。聖霊もそうです。アダム・エバの時代より、聖霊は人間にみたされっぱなしです。しかし流れない。なぜ流れない。入り口がない、出口がない、缶詰めの缶と同じです。出入り口が二ついるのです。
 
 イエスはまず、「いまだ栄光をうけなさらぬ時(それはペンテコステをさすようである)」、その前より弟子たちに、己れをすてることを、人を愛することをすすめた。これは些か無い袖をふれというようなもので、酷な命令にも思える。缶のフタに小さい穴を一つあけて中の液汁を無理に振って出すようなものである。
 
 イエスはしかし、まず吐き出すことを教えます。呼吸の練習がこれに似ていて、まず息を吐くことが大事なので、吐いてしまえば息は自然に吸ってしまいます。
 
 それから、ペンテコステがくる。出る口と入る口(これがペンテコステ的突破口)があれば、聖なる空気はスムーズに還流する。神より聖霊を頂戴し、それをドンドン使い果たす。そこに活性聖霊があります。静なる霊は、太初より人間に満ちている。しかし流れなければ力は発揮できないのです。
 
 さあ、さあ。事をおこそうとするでしょう。さて、ここで「能力が発動したら、オレ始める!」と足ぶみして待っている人が多いのです。それじゃいけない。信じて始めるのです。そうすると直ちに聖なる力が発動してきます。
 セールスマンが嫌なお得意さんのドアを開ける時、怖気づいたらいつまでも開け得ません。信じてドアを押すとき、同時に力は発動します。後をかえりみずドンドン進むことです。信じて進むことです。そうすると、事態はどんどん開けます。「天命を信じて人事を尽くす」のです。(鐘紡・伊藤淳二社長)
 
 アインシュタインの発見した有名なエネルギーの数式――― 
      E=MC2
「エネルギーは質量×光速の二乗」というのでして、マッチ箱大の船の全質量が全部解放されると、地球が吹っ飛ぶそうです。この原理を利用したのが原爆です。
 
 私どもの内なる霊的エネルギーもどうでしょうか。これは目下静電気状態にありまして、どれほどの力もないようです。しかし今これに何らかの引き金があてられますと、次々に連鎖反応をおこして原爆状況をおこします。
 
 ああ、なんという偉大な力でしょうか、これがテモテ第二書(二の1)でいう、イエス・キリストにある恵みですよ。
 <つづく>
(1973.12「心に満つるより」No.3より)
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by hioka-wahaha | 2012-04-10 17:25 | 日岡だより
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