No.528 永井先生、茨木伝道五十周年を祝す 2012.2.19

永井先生、茨木伝道五十周年を祝す   

 永井先生の茨木伝道が今年で五十周年だそうです。凄いなあ、と思います。
 先生ご夫妻の最初の開拓伝道は鹿児島伝道だったかと覚えていますが、これは失礼ながら失敗だったらしいですね。開拓第一歩の蹉跌は口惜しい。失望するでしょう。私だったらがっかりメロメロで立ち直れません。
 しかし、先生はそこから再起された。そして茨木に行かれ再出発されたのです。茨木開拓も最初は困難だったかもしれませんが、そこへ大阪万博が始まった。これを好機と捉えた先生はすばらしい。
 天下の万博だから、人はドンと集まるでしょうが、それをまだ小さな一教会で伝道しようと言うのは、ケタが違い過ぎる。ちょっと遠慮しますよ。しかし、先生は15日間にわたる大伝道集会をやりとげられ、その集会はその後の大きな発展へとつながります。
 
 私が先生を存じ上げるのは、ずっと後のこと、先生はどこで私に目をつけられたのでしょうか。先生は開拓伝道の適地としてJR日豊線沿線に着目したのですが、「大分は釘宮先生がおられる。そうだ宮崎に行こう」と決められたんだとお聞きしたことがあります。こんな会話楽しかったです。
 永井先生が現在の拡大宣教学院を立てられたのは素晴らしいですね。私はその当初の頃、興味深々現地に伺って広々とした用地に驚いたものです。私は早速、先生に乞われて、用地の土を手に握って「この土地を祝福し、永井先生のご計画を完成させて下さい」と祈ったことを覚えています。

 さて、私どもの当教会(といっても当時は会堂はありませんし、家庭集会といった風ですが)を大分市の中心市街地から現地に移転させたのは、1961年でして、ちょうど50年ほど前です。なんだか都落ちしたみたいで、いささか冷たい風評もあったらしいですが、その後、遠浅の寒々とした海岸を埋め立て、新日鉄の工場が来て、見る間に元気のよい土地になりました。
「釘宮さんは先見の明があるなあ」と土地の人に言われましたが、私は何も考えずに来たのですが、ちょうど良い所に落ち着きました。区画整理もあって、道もうまい具合に結びつき、教会堂の敷地にぴったりになりました。神様のお導きですね。
 なんだか、永井先生の茨木50年ではありませんが、私の大分都落ち伝説も50年がらみでなかなか面白いなと思います。私のご当地・日岡開拓物語もその内、浮かび上がりませんかねえ、いやいや滅相もない。

 私はよく今の私どもの教会を「小さい、小さい」と呼称するけれども、我が教会のメンバー諸兄姉には、決して遠慮することなく、この教会を誇ってください。主に選ばれ、主に支えられて、ここまでやって来ました。明るく楽しく、聖霊さまの愛に満たされ、今後とも、恐れることなく、大胆に皆さんと共どもこの教会を誇りに思ってくださいよ、と語っていることです。
 もっともっと拡大強化されて全国に名の響く大教会に成長する可能性も充分にあるとは思いますが、しかしそうした人の目を奪う評判はともかく、神様に喜ばれ愛されて、諸天使たちの御支えに預かれる教会であり続けたいと願っています。
 神癒というようなカリスマ的な恵みにおいても、誇り昂ぶりはしないけれど、遠慮もせず語ってきました。私どもの教会は、毎週毎週の礼拝においても初代教会と同じように奇蹟の連続する教会でありたいと願っています。
 勿論、イエス様の教会は単なる癒しのごとき奇蹟の評判だけでとどまってはなりません。信徒諸兄姉の人格の潔さ、愛の深さ、行動力の俊敏さ、神様の愛と力の出露する教会でなくてはならないと思います。二つのJ(イエス様とジャパン)を愛し、世界の平和と宇宙の完成を祈りましょう。《く》


〔聖書講義〕
我が内なる「福音」   
 
 神の宇宙創造は「ロゴス」によってなされたとヨハネ福音書は申します。今もこの宇宙をささえている「原理・力」、それがロゴスでしょう。それこそ「見えないキリスト」です。この「見えないキリスト」を「岩」というのです。「永遠の岩」です。
 
 「岩」というと、かたく、つめたく、不動のもののように聞こえます。しかし、この「永遠の岩」には血も涙もあり空気や水のごとく我らをやさしく取りかこみます。「ロゴス」は「原理・力」である以上に「人格」であるからであります。
 「人格」の本質は「意思」であり、神の「意思」は「愛」であります。つめたく、かたい筈の岩の「脇がさかれ血汐を水が流れる」とトプラディが歌うのは、そういう人格的愛を表現するからです。
 
 トプラディは十八世紀の人で、彼の信仰はいわゆる正統主義。内村式にいえば「古い古いパウロ・ルター流の十字架の福音信仰」でありましょう。彼にとっては、なまなましく裂かれた肉、溢れる血汐、その十字架上のイエスが重大であって「ちとせの岩」はその比喩にすぎなかったでしょう。しかし、今私はその本体と比喩体を逆転させて感じるのです。私にとっては、なまなましいイエスの死の方が比喩に思われ、「ちとせの岩」がホンモノに見える。<つづく>
(1973.12「心に満つるより」No.3より)
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by hioka-wahaha | 2012-02-22 18:49 | 日岡だより
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