No.513 信仰とは信念のことではない 2011.11.6

信仰とは信念のことではない   

 善きことについて堅い信念を持つのは良いことです。しかし、イエス様を信じる信仰ということは信念とは違います。
 日本のキリシタン時代、彼らはひどい迫害に会いました。彼らの多くは些かも信仰はくじけず、殉教の尊い死を遂げて天に帰って行きました。素晴らしい信仰の勝利でした。私たちは彼らの強固な信仰を尊敬します。
 そうした迫害に負けないで雄々しく勝利を遂げて行く信仰の英雄たちを仰ぐ時、はてさて気性の弱い私たちはそのような迫害の場に立った時、果たして信仰がくじけず強い信念を保ち得るものだろうか。考えるだけで怖じけつく、そういう人は居ませんか。
 「いやーん、そんな質問いやーん。先生、そんな質問せんでください。そんな事、考えただけで、震えがきます」。
 などとおっしゃる方は案外多いでしょうね。いやあ、牧師の私だって嫌ですよ。
 私は現実に、あの大東亜戦争のさなか、特高(特別高等警察)に逮捕され、尋問を受けたのですが、私は信じているままのことを気軽にしゃべりますと、打ったり叩かれたりはしませんでした。
 「やはり、日本は法治国家だなあ」と感心しました。しかし、看守さんだちのご機嫌を損すると、相当リンチめいた痛い目に会います。私は一度だけ、それは看守さんの誤解でしたが、私がある違反行為をしていると見られたらしい、いきなり、言い訳も出来ず、どやされ鞭打たれ、思わず私は悲鳴を上げたものです。
 しかし、その看守さん、後で私の無実なことが分かったらしい。それは、そのことから三月ほどして、突然、所長から呼ばれて、それまで居た工場を離れ、特別の独房に移されたのでした。私の罪名が国家的犯罪でしたから、いわゆる窃盗、強盗、詐欺などの類ではない。特別犯ということだったからでしょう。その事に気がついた所長が急に私の処遇を変えたというわけです。
 さてある日のこと、私の独房にあの看守さんがやって来て、「ああ、釘宮、ここに居たのかい。風邪ひかんごつなあ」と声をかけてくれました。やはり、ああいう環境の中では嬉しいですね。かつて私を誤解して厳しい仕打ちをした後悔をこっそり謝ってくれているという感じでした。私もどことなく、気持ちが休まったものです。
 刑務所という所は、慣れない内は、特種の慣習もあって気の使いどころが分からない。気を使い過ぎて新参者はオロオロしているばかりということになりやすい。
 その頃、私は信仰上の革新をするのです。「愁い多き獄にしあれど主によりて活かさるる身の幸に我が酔う」という短歌が瞬間に私の胸に湧き起こって来たほどです。
 こうした事の結果、私はいつも落ち着いておれる人間になりました。心に動揺がなくなりました。信仰の結果です。
 いわゆる、信念ではない。信念の結果、心に動揺がないのではない。心の堅く信じて、信念が出来上がっているのではない。穏やかな信仰という心の底根が出来上がっていて、いつも安心なのです。
 自分の自力で、我慢一杯、こらえて、こらえて、信念を固めて、意地を張っているのではない。心の底に安心の岩が張って居て、何が起こっても、アハハハハと笑って居れるような平安感がある。
 つまり信念ではない。信仰です。信仰とは何か。イエス・キリスト様への信頼です。赤ちゃんがお母さんに胸に抱かれて、なに一つ心配しないように、ただイエス様に愛されているという信仰だけで安んじているのです。
 信念は自力です。これも悪いことじゃない。いいことです。しかし、信念は疲れます。信仰は疲れません。自力ではないからです。一切、主イエス様に委ね、任せ、御旨のままに、すべては成って行くと肚を決めているのです。
 ここで質問が起こります。「それなら、何もしなくて、イエス様に放ったり任せで何もしなくてよいのですか」と質問する方もありましょう。
 いいえ、違います。イエス様に一切の結果を任せつつ、イエス様が静かに語り給うお勧めの言葉に心の耳を傾けつつ、また聖書のお言葉を思い起こしつつ、為すべきわざ、語るべき言葉、心にしっかと抱くべき信念の言葉を語るのです。これは自分自身に言い聞かせるべき言葉です。
 詩篇第103篇1節に「我が魂よ、主をほめよ」とありますが、ここの聖句をよく見ますと、自分で自分の魂に命令していることがわかります。
 「信仰は自力ではない」と先に言いましたが、実はここで自分の魂に命令しているところを見ますと、ここだけは自力ですね。
 神様が「頑張れよ、自力を使ってでも頑張れよ」とおっしゃっている感じです。
 自分で自分の魂を励まして、「主をほめよ」と命令しているのです。
 ここに真理があります。人は他人の励ましには素直に聞けなくても、自分の命令語には素直に聞くものらしい。この聖書の確定語に「アーメン」と答えましょう。《く》
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by hioka-wahaha | 2011-11-08 17:13 | 日岡だより
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