No.500 世の終わり(世界の完成)の日は近いか? 2011.8.7

世の終わり(世界の完成)の日は近いか?  

 本日の礼拝で開く聖書はヨハネの黙示録、その最終章の第22章です。いつもは牧師が一人で講壇でお読みすることが多いのですが、今日は皆さんと一緒で第1節から第21節までを、全員そろって朗読いたしましょう。
 全員で一斉にそろって読むのは、案外気もそぞろで落ち着かず、折角の聖書の文章の意味がよく把握出来ないまま、読み通してしまって、それで全員一緒に読んでしまったことになる。なんとなく聖書朗読の意義が確かめられないで不満が残ることがあります。今日は、そこで、ゆっくりと意味を良く味わいながら、読み通してしまう体験を持ちましょう。
 聖書の文章を読む時、その一句一句の意味を良く味わって心で印象を確かめながら、次の一句に進んで行く、その静かな朗誦進行の味わいを心に納めて下さい。
 そのしばらくの経験は、前もっての想像に勝って深い印象を皆さんの心に残すと思います。普段の聖書の拝読の仕方が、あまりに忙しく、折角味わい得べき聖なる印象を掃き捨ててしまっている事の残念さに気づくでしょう。勿体無いことです。
 特に2人で、3人で、又もっと多くの人数でこの聖書朗誦の営みを続けますと、聖書の持っている聖霊の息づかいが事のほか深く感じられます、この席に列する方々は、その恵み豊かさに驚かれるはずです。
 牧師による聖書講義も良いですが、そうした先生抜きの信徒さん皆さんがたの聖書朗読による聖霊さまの息吹きに触れる時、それは聖書に接する際の最大の恩恵だと言いたいと思います。この恩恵をこの際、豊かに味わいたいものです。
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 さて、本日はそのようにして皆さんで聖霊さまの息吹に触れることを体験いたしましょう。
 そのようにして改めて、集会を始めると、いつもとは違う集会の雰囲気が起こってきます。何もそうした聖会らしい雰囲気を期待するのではありませんが、皆さんで会衆一同祈っていますと、不思議に聖霊さまの働きが襲ってきます。それは人が人の工夫で作り上げるのではありません。神様の聖霊がそのような働きを私たちの中に起こしてくださるのですね。
 聖霊による感動は私たちを変えます。なんだか大きな、こね鉢の中に溶けこまされ混ぜ合わされ、新しい味わいと香りを作り上げてゆき、新しいお料理を発見させられるような興奮を覚えるのです。確かに発見です。新しい人生の発見です。これまで感じたことのない人生の感動です。
 信仰とは新しい人生の感動です。その発見です。今まで、感じたことのない生き生きとした人生です。
 目が醒める思いです。そよ風が吹いて、初夏の森の香りを誘って来るように、聖霊の風が吹いて天国の香りを連れなってくるのです。まさに天国です。
 肌を突き抜け、肉体を通して、神様の霊気は精神の中心を浸透します。全身は奮(ふる)い戦(おのの)くように燃え上がります。それのみか、周辺を動かし、変化させます。空気は熱くなり、地面さえも火の如くなり、人は巨人のごとく、刃を持てる者の如く、獅子の如く咆哮して周囲を畏怖させる。これは人が聖霊の力を得て、サタンがこれを恐れ、慌ただしくあらぬ方に逃げ行く様に似ています。
 これこそ信仰により人が変わり、悪魔が恐れて退散逃亡する姿です。まさに人類の世に勝利する預言に外なりません。
現世は人類が悪魔に散々にもてあそばれ行く行くは世は滅びるばかりと人類に誤解を与えていますが、しかし全能の神の御業は違います。神は最後に勝利します。ヨハネの黙示録の第21章がいよいよ始まるのです。
 わたしまた、新しい天と地とを見た。先の天と地は消え去り、海もなくなってしまった。また聖なる都、新しいエルサレムが、天のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとから出て、天から下って来るのを見た、云々。こうして古き世は消え去り新しい天と地がやって来るのであります。《く》
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by hioka-wahaha | 2011-08-09 13:17 | 日岡だより
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