No.497 永井先生を迎えて感謝! 2011.7.17

永井先生を迎えて感謝!   

 先週の木曜日、永井先生が見えられました。少なくとも、今日までは滞在される筈です。先生のお出でになるのは、何よりも私が嬉しい。先輩牧師としての優しいお交わりを頂いて、いわゆるもぐり牧師の私は本当に心休まる数日を過ごすことが出来るのです。
 もぐり牧師などというのは、私の牧師と称し始めた頃の偽らざる自覚だった。正規の神学校を出ていないということもあるが、長い間、無教会の伝道者として自称してきた自由伝道者の依怙地を捨てて、並居る教会の牧師先生がたと肩を並べて「牧師」と称するのは恥ずかしいというより、申し訳なかったのである。今はもう、大分市内の牧師会でも、長老牧師として扱っていただき、先生がたにも愛されていますが、
 その中でも、永井先生がこんなにも私を敬愛して下さる事実は、私の牧師としての生き甲斐の一つです。その生き甲斐の第一は言うまでもなく神様、そしてイエス様の限り無いご愛顧ですが、それに継ぐ第二は永井先生のご信頼でした。その現れの一つは先生の大事業、あの東北拡大宣教学院の初代の理事長に私を招いて下さったことでした。
 この度も、先生ご自身、この大分までわざわざいらっして下さり、4日間も滞在してくださる。私は毎日先生の所に伺って、無礼講に過ごしていますが、本当に有り難い個人レッスンの時です。
 日本という国も益々、世界の中で注目され、重んじられる時代になっています。先生の率いられる「イエス・キリスト福音の群」も、世界に出て行って、日本人の面目と日本人の福音信仰者の面目を広く伝えて頂きたいものであります。私も、この教会も先生の後に従いましょう。(釘宮)


私にとっての禅   
     
       (一)
         
(先週よりのつづき)
 目下私は坐禅をつづけて、わずか四ヶ月であるが、四ヶ月で体得したものを二、三かきつけておこう。
1. 心をしずめることが手早くできるようになった。
(すわって三十秒もたつと、すでに頭からノボセがぐっと下っていく気がする。)
2. 心のきりかえが早い
(集会の寸前に新聞を見ても、心が動揺していないようである。これまでは集会前に新聞でも読むと心状がすっかり荒らされてしまって、説教が出来ずに困っていた)
3. 持続する能力がました
(毎日ピアノの練習を五分か十分ずつうまずたゆまず、それ程上手になりもせぬが、あかずにする。わずか五分十分に心をこめてやる)
4. 全般的な感じとして、生活の流れが一分のムダもなく充実し、且つ緊張の連続でなくて、緩急の自在を得ていると思う。
 
 以上のような効果が少しでも自覚的に体験されると「今日は大変忙しいので、いつもより余分に祈らずにはおられません。」というルター的告白も無理せず分る気がする、坐禅が祈りだとするならば。そして私は信じている、坐禅は一つの祈りである。少なくともこの私において。
 
 サンダー・シングにある人が「冥想の方法」を問うた時、サンダー・シングは「私はしばしば聖書の一句(特にヨハネ福音書の言葉が好きなのだが)に精神を集中して冥想をはじめる」と答えている(サンダー・シングは、実に神秘的な人で故金井為一郎先生の名訳がある)。冥想を無念無想になることだと思っている人も多いが、これはやってみたことのない人の誤解で、勿論一つの相として無念無想という事もあるが、すべてが無念無想ではない。たとえば、一番はいりやすい境地は心が二つに分離されて、自動車の音も人の声も、虫の音もそれなりに聞こえ、時には普段より敏感であるし、またいろいろ考えたりもする、そのくせ、もう一つ深い心があって、それが深淵のように沈みかえり、何事も無きかのように落ちついている。その心を無念無想だと表現すればたしかにそうだとうなづける。その深い心がひろがって全身全霊をカバーしてしまう時、「無」になった境地があるのかとも思う。その辺の処は、今の私には分らない。
 
 サンダー・シングにかえろう。彼のいう「聖書の一句に精神を集中する」―――、このやり方はまさしく禅宗の「公案」に似ている。私も実は坐禅しつつも老師の処に参ずるわけではないから結局「独り坐禅」になってしまう。そこで「公案」はおのずから内より湧いてくる。その時、私にとり、イエスやパウロやヨハネの言葉の一句がしばしば「公案」となる。サンダー・シング流にならざるを得ないのである。その時、冥想は「無念無想」でなく「一念一想」である。――――これが現在の私である。
 (間もなく列車は小倉駅につきそうだ。ここで一応鉛筆をおく。)

 <「私にとっての禅」(一)終わり>(1973.11「心に満つるより」No.2より)
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by hioka-wahaha | 2011-07-19 14:26 | 日岡だより
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