No.186 意志すれば、笑えるよ! 2005.7.24

意志すれば、笑えるよ!

 トロントやアルゼンチンで聖霊による笑いの賜物が始まったのは、もう20年も前のことだったか。
 当時、その噂を聞くだけの私たちは、どんなことかなのかと不思議にも思い、羨ましくも思った。後に私は永野先生に連れだって頂いてトロントに行き、実際に体験したのだったが、それにしてもいつも笑っておれる訳ではない。
 そうした頃、松岡欣也先生を教会に招いたことがある。松岡先生は大胆で愉快な方だから、説教でも途方もないことを言う。その時、こんなことを言われた。
「みなさーん、聖霊様によって笑う。それは善いことです。しかし、いくら待っても聖霊様が来ない時、特に笑いの聖霊が来ない、そんな時、みなさーん、どうします。簡単です。自分で笑いましょう。ワッハッハハ」
 この松岡先生の言葉に私は開明した。そうか、聖霊様によらなくても、自分で笑ってみよう。そうだ、自分で腹をきめて笑おう。そして「ワッハッハッハ」と始めたのです。
 私のワッハッハハ運動はここから始まったのです。そして分かった。大事なことは意志である。「笑おう」と心で意志すれば、人は笑える。
 落語や漫才や喜劇、あるいは愉快な人物の言動や、無邪気な子どもの可愛い仕草にも思わず笑う、そういう受動的な笑いも、他の動物にはない人間だけの高度な精神機能だと思うが、それ以上に「自分で笑おうと思えば笑える」、これは人間の著しい脳の機能であると私は気がついた。
 これは意志の力であり、人間特有の能力である。そして意志の道具は言葉であると認識しよう。《く》

  
永藤裕幸先生に見ならえ

 先の主日の夜は、当教会で永藤裕幸先生を招いての神癒聖会だったが、その直前になって、私は「あっ、しまった」と思った。事前の宣伝を殆どしていなかったのである。週報に予定行事として挙げてはあるが、それ以上、熱心に信徒諸君に奨めもしなかったし、まして他教会の先生がたに何一つ案内していなかった。
 その上、信徒諸君の中には、これという病気の人がいない。私の妻は重病だが、病院に入ってしまっていて、教会には来れそうもない。(妻は湯布院の厚生年金病院に入院しているので、大分までの外泊許可をとって連れ帰り、会衆の前で奇蹟的癒しを現わしてほしかったのだが、病院の医療プログラムの中では妻を外泊させて教会の神癒聖会に出席させるのは無理だった)。
 当夜、先生に講壇に立って頂いて説教を終わり、いよいよ「お癒しの時間です。皆さん、お癒しを求める方、前に出てください」と言った時、ひとりも前に出なかったらどうしよう。これが私の心配であった。
 ところで、後から分かったことであるが、先生のご説教の最中に、すでにN君などは腰の痛いのが癒されていた。午前の礼拝の時から、私は上記のような心配があるにも関わらず、気を取り直して大胆に「今晩の聖会に奇蹟を期待しましょう」と叫んでいたのが良かったのか。
 先生の説教はどちらかと言うと、地味である。少なくとも、アナコンディアやベニー・ヒンのような華やかさはない。にもかかわらず、癒しの希望者を募ると、なんと皆さんが前に出てきて待っている。
 実は、私もそうだが、多くの先生がたも神癒会では一人一人に大して時間をかけない。和歌山の山本先生のごときは、サァーッと駆けるように手で会衆の頭を撫でるようにして按手してゆく、すると会衆はバタバタと倒れる。
 しかし、永藤先生はそうではない。一人一人にじっくりと祈る。当夜は、たった28人の会衆だった。前述のとおり、宣伝が足りなかったからである。しかし、その28人が恵みの座にひしめきあって座って待っている。ついに先生の癒しの祈りが終わるのに11時半までかかってしまった。
 28人の少数でこそ、良かった。これ以上会衆が多かったら翌日の朝までかかったであろう。実際、先生を宿泊のホテルまでお連れしたとき、夜半の12時になっていた。
 ところで、その恵みの座だが、一人一人確実に癒されてゆく。私の知って居るはずの信徒の皆さんだが、私が気づいていない病気が多々あるらしい、その病気が次々癒されて行く。みなさんは跳びあがるようにして「癒されました」と叫び、手を振り、足を踏みならし、体をゆすって証しをする。後ろの人たちが喜んで拍手したものです。私の心配はどこかへ吹き飛んでしまった。
            *
 翌日の朝、私はホテルで先生と落ち合い、湯布院まで車でご一緒に行くことにする。先生は佐世保が次の奉仕地なので、湯布院からJRの久大線でお送りすれば良いわけである。湯布院で私の妻のため祈って頂きたかったのである。
 車の運転席で運転のせつこ(二女)が説教テープを入れた。どなたの説教か私には分からない、ところが永藤先生にはすぐ分かったらしい。「あっ、モーリス・セルロ先生ですね」と言われる。私にも記憶がよみがえった。「あぁ、そうです。川口のリリアでの聖会のテープです」。私は川口駅から妻と一緒に通路を通ってリリアのホールに入った記憶をなつかしんだ。
 ここから、永藤先生のすばらしい車中講義が始まったのである。昨夜の神癒聖会の恵みにまさる牧師冥利につきる時間であった。永藤先生はこのモーリス・セルロ先生のミニストリー聖書学校に在学したのだという。その前にも、CFN聖書学校を卒業しているという。先生、実は英語はベラベラらしい。
 そこから始まって、私の神癒伝道の隠れた恩人であるT・L・オズボーンが20代にインド伝道で挫折して一度、アメリカに帰り、ウイリアム・ブラハムという人だったか、その人の指導を受けて再献身、再びインドに渡って、数万人の神癒伝道に成功した話。そういう「血湧き肉踊る」といえば下品だが、そういう秘話をいくつも聞いた。
 前世紀初頭のイギリスのウイグルワースから始まって、オーラル・ロバートや、マックス・ホワイト、カルロス・アナコンディやベニー・ヒン等、前記のウイリアム・ブラハムやT・L・オズボーンを含めて知らない人や、聞きかじっている神癒関係の諸先輩の先生がたの秘話が続出する。
 「先生はそんな知識はどこで得たのですか」と問うと、永藤先生言わく、「いやあ、聖書学校の図書館に行って随分勉強しました」とおっしゃる。私はこの神癒伝道者列伝は大変感動した。それぞれの神癒ご奉仕の特異技が目に見えるような感じで、前世紀からの聖霊様のお働きの歴史が見渡せる感じだったのである。
 つまり、神癒のタイプの分別ができるのである。そして後続する私たちのために、良い参考になる個人向け講義録を開いているような気がしたのである。
            *
 あらためて、私は先生にお聞きした。「先生の癒しを受けた人たちは、今後、また病気や痛みを受けたとき、今回先生から祈っていただいた祈りの言葉、語調、雰囲気(霊調と言うべきか)を思い出して、先生の真似をして、自分自身に祈ってみる。あたかも自分を他人のごとく思って自分に対して祈る、これが良いでしょうね」と。「そうですね」と先生も賛成して下さった。
 私は記念すべき先週の神癒の夕べが終わって2日目の朝、K君が言う。このK君、言っては悪いが信仰は至って弱いほうである。信仰は、あるか無きかの薄い信仰で、教会にやっと来ている人であるが、このK君が「不思議だなあ。一昨日、永藤先生に祈ってもらったら確かに足の付け根や、腰の痛みがすっかり直ってしまった。びっくりしました。……でも、今日はまた、そこが痛いんですよ」と言う。
 こういう人は案外多かろうと思う。今日の礼拝の中で、みなさんの証しを聞きたいと思っているが、そういう痛みの再発例も聞きたいと思う。そうして、そういう人たちのために再発脱出策を講じたいと思っているのです。
 こうした場合、永藤先生の神癒会は非常に良いのです。たとえばベニー・ヒン式に、パッと手のひらを返して、癒しを求める人を転倒させたり、意識を失わせたり、こういうあっという間に癒しを行う奇蹟的技は、鈍感な能力の私たちには、真似のしようがない。ほとんど何も出来ないに等しい。
 ところが、永藤先生が念を入れて綿密に繰り返し祈って下さった癒しの言葉は、私たちがそれを模範として覚えることができる、易しい祈りの言葉でした。ですから、
 先生に祈って頂いた皆さん、あなたがたが癒された時の先生の祈りの声は耳に覚えているでしょう。皆さんが今後、自分の病気や痛みのために祈りの必要を覚えたとき、その言葉で自分に祈ってみてください。自分が永藤先生になったつもりで、自分自身に向かって祈ってください。
 そうしているうち、しだいに祈りのコツを掴むことができるはずです。そうすれば皆さんはきっと他の人のためにも祈って、主のご用にあたるクリスチャンになれるでしょう。あなたの主にある活躍を期待して、祈ります。《く》

【福音春秋】
昨日(7月23日)直木賞作家志茂田景樹氏と夫人の光子姉が見えられた。大分市での、氏の「読み聞かせ」活動のためにやって来られた、その尊い時間を縫って私に会うために来てくださったのである。今日はトキハ本店地下2F特設会場で、午後1時からその会が持たれる。時間のある方は参加してください。くわしくは昨日の大分合同新聞に一頁全面使っての紹介記事が出ているので、参考にしてください。▼また光子夫人のインタビュー記事が「恵みの雨」の本年1月号に出ています。ご主人が直木賞を取って以降、不良亭主になってしまって苦労絶えなかった奥さんがイエス様に触れて変えられてゆく一連の物語は感動的です。人間の努力や忍耐などの美談ではなくて、ただただ神様の不思議なお取扱いによって変化してゆく奇蹟に驚嘆させられます。会堂の図書台に置いておきます。《く》

〔あとがき〕
釘宮よりの私的通信。妻トミのことですが、ずっと湯布院厚生年金病院に入院中です。遅々としていますが、順調に回復しています。最近は私や家族の語りかけに何とか応答できますし、笑顔も見せます、時には声をあげて笑います。リハビリで有名な病院ですが、それでも私どもの祈りとみ言葉による語りかけ、特に「精神強化法」による言葉の応酬は、更に良い結果を妻にもたらすと信じています。お見舞い頂いても良い時期も近いかと思います。《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2005-07-24 00:00 | 日岡だより
<< No.187 「読み聞かせ」の... No.185 大事なことは……... >>