No.487 母の日に祝福あれ 2011.5.8

母の日に祝福あれ

 今日は母の日です。5月第2週の日曜日です。いつ頃のことか忘れましたが、アメリカに起こった習慣です。日本で習慣化したのは戦後のことでしょうね。私は子供の時、教会の日曜学校で聞いた記憶があります。
 「母の日なんていうけど、父の日というのは無いのか」とあるお父さんがつぶやいたら、「だって、うちでは毎日がお父さんの日やもん」と言い返されたという笑話もありました。
 ただし、これは戦前の話。今ではお父さんの影も薄くなりました。尤もクリスチャンの家庭では、そうあってほしくないですね。クリスチャンの家庭では、お父さんは一家の長として、毅然たる存在、家族の皆さんから尊敬される人であってほしいです。
 「なんじ、父と母を敬え」というのは、旧約聖書の十戒の第五戒ですが、「敬う」という言葉は、心と形を示しています。心では父母にたいして「情愛」の思いを持つのは当然のことですが、また「尊敬」の形も忘れないこと。
 老人が老いてきますと、すべてが愚かしく見えるようになることがあります。この時、尊敬の言葉、態度を忘れないこと、これは十分注意してください。
 私はこの点では、つくづく後悔しました。「どうせ俺のおふくろやもの」と親しさのあまり軽く考えて、病床の母にいい加減な言葉や態度で接したことを、今でも申し訳なくて「母ちゃん、ごめんね」と謝っています。《く》


人はいつも喜んで居れるか  

  「あなたがたは、常に主にあって喜
   びなさい。もう一度、私は言うが、
   喜びなさい。」(ピリピ4:4)

 「あなたがた」という言葉はギリシャ語では、わざわざ使わなくても意味は通じるので、「あなたがた」と強調していることが感じられる。「常に」という言葉は、ある翻訳では「どんな時でも」と意訳している。親切な訳である。「主にあって」の「あって」は。英語で言えば、in である。「主の内にあって」と訳せる言葉である。
 「喜びなさい」は、端的に「喜べ」と訳すほうが良い。まして屡々「喜んでいなさい」と訳してあることあるが、これは拙い。「喜んでいる」という人の態度は「ニコニコ平安に喜んで居れる」姿を表しているが、ここで「喜びなさい」という命令語は普通の人間心理では不可能な命令語である。人は他人から「喜べ」と言われて単純にすぐ喜べるようなものではない。
 「美味しいものを食べさせる」とか、「お気に入りの友人を連れて来る」とか、喜べるような条件や環境を備えてあげなければ喜ぶ事は出来ない。ところが、この聖書の個所では「環境も条件も」そろえてあげなくて、たとえばお菓子もお寿司も与えなくて「おいしいかね」と言うようなものである。
 しかしここでパウロは主の臨在の伴う信仰の賜物を与える時、喜びが湧いていることは分かっているから、「さあ、遠慮せずに大いに喜びなさい」と命じているのである。つまり「喜びを大胆に表現しなさい」と命じているのだと読むのも面白い。
 心に喜びが溢れていれば、表情ににこやかな笑いが生まれるのは当然だが、それをもっと、更に大きく手足も踊るかのような身振りで表現するのは周囲の人々に豊かな共感を呼び起こす。
 主より信仰を頂くと、その人の心には、おのずから喜びが湧く。喜びが湧けば、自然に笑いの表情が起こり、この生理的機能が繰り返されると、人間の心には更に幸福感が浸透する。
 これが私が「笑えば必ず幸福になる」という法則を打ち出した理由である。だれも内心知っていることでありながら、それをあたかも定理のごとく言い出せ得なかったのは不思議であるが、その虚をついて私がわがもの顔に「笑えば幸福」の定理を打ち出したのである。実は昔から人々は知っていたことだ。日本の地方に、よく「笑い講」という風習があったのが、それである。
 この定理は「笑えば必ず幸福になる」という小冊子の中で例を上げたように、子供たちが「泣き真似」をしていると、いつの間にか本物の「泣きじゃくり」になるという面白い現象に見られる、ごく普通のことなのである。我々大人も子供の時のことを思い起こせば誰にも記憶のあることであろう。
 そこで使徒の言う、「喜びをなせ」という言葉を私流に言い直すと、子供の泣き真似ではないが、あなたが幸福になろうと思ったら、「笑い真似をしなさい」と言うのである。心では泣きたくなるように辛い時でも、腹が立ってカンシャクが起こりそうな時でも、「笑う真似をしなさい」と言うのです。
 そうです、口を大きく開けて、大きな声でワッハッハッハと、手を振り、足を振って、笑うんです。そうすると、初めは「何をしているんだ。バカバカしい」と阿呆らしくなるでしょうが、一生懸命、真剣に、大分方言で言えば、シラシンケンに笑って下さい。そうすると、次第にあなたの心に喜び、楽しい気分が湧いてきます。
 これを鏡の前でなさると良いでしょうねえ。面白半分でやってよいのです。面白、可笑しく、マンザイをやっている気分で続けてください。次第に気分転換が起こります。愉快になります。
 これは、やってみれば誰にでも出来ます。単純です。あなたにも出来ます。人生を愉快に幸福に過ごす秘法です。至って簡単な便利な方法です。
 ここで改めてもう一度、提言します。みなさん。「笑えば必ず幸福になる」※のです。《く》

※このタイトルで小冊子があります。内容は当教会のホームページで無料で読む事が出来ます。印刷したものをご希望のかたは、キリストの福音大分教会あて、お申込み下さい(1冊100円送料別)。
[PR]
by hioka-wahaha | 2011-05-10 13:57 | 日岡だより
<< No.488 なぜこんなことが... No.486 祈りのコツ 20... >>