No.456 愛国の預言者エレミヤを想う(3) 2010.10.3

愛国の預言者エレミヤを想う(3)

 しかし、よくよく考えれば、この「今は忍耐の時だ」と言うのは、やはり詭弁だと思いました。勿論、牧師先生がたがこうおっしゃるのは、尤もなことでもあったのです。
 それは、当時の日本では私がたった一人で「戦争は聖書の教えに背いている」と言ったとしても、私一人が警察にとっ捕まるだけでは収まらない。さっそく、私の属する教会の牧師さんがたや、私の親しかった信者の皆さんが参考人として警察に呼ばれるのは当然の成り行き、そこで、信徒の皆さんに累が及ぶ。そうした時代でした。
 その一例ですが、後日、私が警察に捕らえられた時のことです。時おり私を訪ねてきて、私の聖書研究の講義を聞いてくれていた一女性がいたのですが、その姉妹が早くも警察に呼ばれて取調べを受けていたのです。
 私が警察の中で、移動させられた時、途中の小部屋で刑事らしき人から取調べを受けている、その女性がチラリと見えた。私のことで参考人として呼び出されたのでしょう。
 私はしまったと思いました。充分気をつけていたつもりですが、私の周辺をさぐっているうちに有力な参考人として、彼女が割り出されたのでしょう。彼女自身の心配、不安は勿論、彼女の親たちの焦燥、腹立ちも充分想像できます。
 「釘宮という男を訪ねて行ったのが失敗だった。あの男の所に行くのは止めよと何度言ったかしれないのに」と、私を恨んだことであろう。
 この女性は、私が少年時代から敬愛していた従兄の釘宮大祐(既に東京に行っていた)が、大分の中学校で教師をしている時の担任クラスの教え子であった。彼が人生問題か何かで質問されることがあったのであろう、その相談相手に自分に代われる人物として、今で言えばカウンセラーだが、私を推薦したのであるらしい。
 私はこの娘さんに、こういう目に合わせて、「ご免なさい」という気持ちで一杯でしたが、それ以上どうしようもない。私自身、警察に捕らわれの身で「申し訳ない」と思うばかりで、どうしようもない。
 こういう風で、戦争中の私はなにかと、家族、親族、周囲の人たちに、迷惑をかけたものです。
 
 エレミヤも、親たちにとっても近親者たちにとっても、困った奴、迷惑至極の奴だったのに違いないのです。故郷のアナトテでは、親族の人たちから殺されかけたということも聖書に残っています。
 同様に、この日本でお前さんが非戦論なんか、しゃべって廻ってみなさい、お前の親なんざあ、自分の子どもの育て方が悪かったから、こうなったんだ。お前んところのお陰で、わしらの所では娘も嫁に行けんし、息子の就職先にもケチがつく。ええい、この尻はどうして拭ってくれるんだ、おい、お前んとこは、もう村八分だな、・・・てなことになります。
 日本の古い社会では、親族との関係や、住んでいる隣り組との付き合いが、不円滑になるということは、生活面で全く不都合を来たす、重要な問題です。
 
 そうだ、戦時下の日本では、多くのクリスチャンたちが、みんな歯を喰い縛って我慢をしたのです。聖書を読めば、戦争は悪いことだと言っていることは、みんな知っています。しかし、そのことを釘宮の義人さんのように無自覚に触れて廻っては、教会の牧師さんも、信徒の皆さんにも、どんな迷惑がかかるか分かりません。義人さんには、このことも十分に理解してほしい。
 そう言われることは、私も十分わかっています。たった一人の私が口を開いて、今の日本の戦争は間違っているなんて言っているのが世間に知られれば、ついには、全日本の教会、牧師、クリスチャンがたに迷惑がかかることは分かりきっている。
 辛抱、辛抱、今は忍耐の時だ。たとえ戦争反対の意識に目醒めている人たちでも、非戦論を語ることを我慢していた。それが我慢できないのは、独り勝手の我が侭議論であって、個人主義、教会の他の信徒たちへの愛がないからです。
 愛があったら、辛抱できる。辛抱できないのは愛がないからです。そんなことを言いつのる釘宮の義人さんは、個人主義です。愛がないのです。こう言われると、私も参ってしまったものです。そして「長いものには巻かれよ」という、民衆倫理が働く。この勢いに私も閉口しました。
 こういう民衆倫理の流れをキェルケゴールは「民衆の敵」という戯曲に書いてあったと覚えています。「民衆の敵」になることを恐れれば、正論は吐けない。民主主義は時には正論の敵になる、という由々しき結論も出て来ます。読者諸氏、この結論は如何に。
 これらの問題、あの戦争の時の日本の教会の牧師先生や信徒の皆さんの苦衷だったでしょう。そこから生まれる「戦争融和論」もあったわけです。私はそういう当時の教会の空気には従い得ませんでした。《く》(つづく)
 
 
(以下は1971年12月発行「我ら兄弟」第3号より)
 
いのちの初夜(8)

 これを回心という。アウグスティヌスはロマ書第十三章でこれをやった。ルターは「義人は信仰によりて生くべし」。バンヤンは「汝の義は天にあり」。スポルジョンはイザヤ書の言葉。私の友人たちは、ある人は「汝の国籍は天にあり」。ある人は「汝らイエス・キリストを衣よ」。ある人は「娘よ! 私はお前のお父さんだよ、私はお前を決して叱りはしないよ」と、まざまざと肉声(のごとく空気にひびいてと本人は言う)で聞いたという。このような言葉をいま我々が念仏を称えるように言ってみたところでなんの功徳もない。しかし、ある時ある人にとっては一生忘れることのできない歴史的な闘魂の鍵語となったのである。(つづく)
   (※以上は1971年の文章です。)
 
[PR]
by hioka-wahaha | 2010-10-05 15:37 | 日岡だより
<< No.457 イエス様も泣かれ... No.455 三井文勝君、ご祝... >>