No.454 愛国の預言者エレミヤを想う(一) 2010.9.19

愛国の預言者エレミヤを想う(1)

 あの大東亜戦争、今は太平洋戦争と呼び換えているが、あの戦時下で、クリスチャンたる私どもが生きるのは、なかなか生き苦しかった。いや息苦しかったと書き直したいほどに、そう、息も満足に出来ないような不自由さを感じたものです。
 だから信仰の弱い人たちは、教会に行くのも止めたでしょうが、信仰とは不思議なもので、どれほど周囲の人々から白眼視されても、弱々しく世間の隅っこで生きているような老婦人などでも、日曜日には毅然として教会に行ったものです。
 それでも教会自身に対する政府筋からの干渉は厳しい、日曜礼拝の唯中で東方遥拝をせよと言う。
 九州の大分では天皇様の居られる遥か東京に向かって敬礼を捧げることを東方遥拝と言う。だから学校などでは毎朝、教員も生徒もみんな運動場に集まって、国旗掲揚、天皇の居られる皇居に向かって遠く礼拝する、それが戦時中の学校行事の第一番でした。
 さて、私の行っていた教会でも東方遥拝をすることになりました。時々、教会の礼拝に警察の刑事がスパイに来るんです。信徒はともかく牧師はビクビクです。そうした時、私は頑固です。牧師、信徒一同、東京のほうに向かって、「最敬礼」ですが、私は黙って突っ立っていました。
 極端に言うと、これだけで警察に引っ張られる可能性は充分です。私自身が私の責任で警察に引っ張られるのはともかく、教会の責任者である牧師の迷惑は当然のことです。牧師も責任者として、また参考人として警察に呼び出されるのは目に見えています。私は、その辺でもう教会出席を止めることにしました。その旨、牧師先生に挨拶に行きましたら、先生もホッとしていました。
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 こういう時に、私を励まし、自信をつけてくれたのは、旧約聖書のエレミヤ書です。
 私がエレミヤのことを知り、聖書のエレミヤ書を学んだのは、矢内原忠雄先生のお陰です。矢内原先生は内村鑑三先生の直弟子ですが、当時すでに内村鑑三先生は天に召され、矢内原先生は独立で聖書研究会を指導されていました。
 時代はもう日中戦争が始まっています。政府の正式呼称はまだ支那事変でしたが、天皇が宣戦の布告をすると、国内的には正式に戦争になります。
 国内はもう、戦争気分で、国民は「勝った、勝った」で浮かれている時代でした。その後、対英米の宣戦布告をして大東亜戦争になります。アメリカから言わせれば太平洋戦争です。アメリカのほうが、視野と呼称がはっきりしている。これがアメリカが勝った原因だと私は見ています。
 矢内原先生の、その当時出した本が「余の尊敬する人物」です。出版は岩波書店です。この本で私は目が醒めるのです。
 あの時代、こういう本を出すとは矢内原先生の覚悟はともかく、岩波書店の岩波茂雄さんの覚悟も大したものです。岩波は既に岩波文庫を出していましたが、それに続いて岩波新書を出しました。この本は、その新しい出版スタイルの第一陣として世に出されました。
 この「余の尊敬する人物」に、預言者エレミヤのことが出てくるのです。内容には随分、矢内原先生や、出版の岩波さんの考え深さもうかがえる編集になっています。
 この時、同時に出したのがクリスティーの「奉天三十年」ですが、これも矢内原先生の翻訳です。当時の矢内原先生や岩波さんの覚悟が目に見えるようです。
 
 私が今も持っている古い「奉天三十年」を見ますと、初版の発行が昭和十三年十一月十二日ですが、この本は昭和二十一年二月二十五日第七刷発行となっています。日本敗戦の翌年、その頃の私の日記を見ると、母と一緒に畑に行ったなどとあります。平和ですね。
 ぼつぼつ、戦災孤児たちと一緒に、防空壕跡などで共同生活を始める頃です。母におむすびを作って貰って、時々持って行ってやっていました。《く》
 

 (1971年12月発行「我ら兄弟」第3号より)

いのちの初夜(7)

 その頃、十一月二十三日はニイナメ祭と言って祭日であり免業日であった。その三日前から私は、第二章の後半に書いた地獄的自問自答に明け暮れていた。その絶望的状況のまま三日目を迎え、休日のほとんど終日、苦悶のうちに暮れる。
 私は今でもその時を思い出す。もしその時私のそばに時計があったなら、ジョン・ウェスレーと同じようにその心に不思議なあたたまりを覚えた時刻を正確に言い得たと思う。不幸にして、刑務所の中でそばに時計はない。それは夕暮れ時で、窓の外の桐の枝に雀が集まってくる頃であった。
 私は宝物をさがすような目つきで、聖書を開いた。その時、コリント人への手紙の中に、「キリストすべての人に代りて死に給いたればすべての人すでに死にたるなり」という聖句が私の目を射た。そして、いつもとは違って、その聖句が私の魂にぐいと入り込んできて、有無を言わせず私の「本質」にその通りですとうなずかせる大きな力を働かせたのである。
 神の言葉の最大の特長は、言葉がそのまま実現するということである。ワッと来て一挙にそのとおりの事態を造りあげてしまう。「キリストすべての人に代りて死にたればすべての人すでに死にたるなり」と聖書が言うとき、その言葉がそのまま私の魂の中で実感として体得される。
 だから、三日前の、原理的に人が救われる事を承認するが自身の事は信じられないというのとはまるで反対に、人の事はどうでもよい、神学はどうでもよい、理窟はどうでもよい、とにかく私はすでに死んでいる、罪に染んだ古い私はもう死んでいる。死んだやつのために今更なげく事はない。すべては過ぎ去った。今私にある生命は新しいキリストの生命であると実感する。そのような事実が突如として私の中に起こったのである。(つづく)
   (※以上は1971年の文章です。)
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by hioka-wahaha | 2010-09-21 11:00 | 日岡だより
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