No.183 聖霊のバプテスマを受けよ 2005.7.3

聖霊のバプテスマを受けよ

 去る5月22日の福岡・神の愛教会の週報に中山洋子副牧師先生のお証しが載っていました。下記に転載します。

 一昨年、沖縄の実家に帰った時、泊まりがけで祈祷院に行き祈りました。1時間は異言で祈り、1時間は知性の祈りをしました。一人のうつ病の女性が癒しを求めて来られ、「聖霊のバプテスマを受けられるよう祈ってください」と言われ、手を置いて祈った時、異言の伴う聖霊のバプテスマを受け、病気は癒されたのです。主は求めに答えて下さいます。
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 洋子先生のお証しは簡単ですが、素晴らしいですね。来週の主日礼拝では聖書は使徒行伝第10章全章、ちょうど「聖霊のバプテスマ」の箇所です。ペテロがローマの百人隊長の家でイエス様の福音を語っている最中に、聞いている会衆の全員に聖霊が下り、一同が異言を語り出したという有名な個所です。
 使徒行伝を学び始めたのは、本年2月13日でした。それ以後、第2章以下で異言の伴う聖霊のバプテスマのことを一応学んでいるのですが、いよいよ来週はその恵みが異邦人であるローマ人たちに及ぶという画期的感激の場面に入るのです。
 実は先週の礼拝が終っての午後、講壇下の恵みの座で15人のかたがたが坐って祈っていました。玄関で礼拝から去ってゆく兄弟姉妹たちを見送っていた牧師の私も、その恵みの座に戻ってきて兄姉らと共に祈りました。
 皆さんは異言で祈り、メロディーで祈っていましたが、特に姉妹がたは手を取り合い、主を共に褒めたたえ、なかなか祈りが終りません。こうした聖霊のたゆたう様子を伺って、私は来週の礼拝に主の恵みを期待せざるを得ませんでした。《く》


信仰の心理学(二)

 本紙179号に「信仰の心理学(一)」を書きましたが、白状すれば私は心理学者でもなんでもない、心理学という権威ぶった名前を利用して自分の言いたいことを言っているだけですから、ご勘弁ください。今回も調子に乗って「信仰の心理学(二)」を書きますが、相変わらずのしろうと談義です。
 前回の標題は言い直せば「回心の心理学」だと言えます。続く今回は「信仰成長の心理学」なのです。なぜ「心理学」という言葉にこだわるかというと、この辺がどうも一般の信仰指導書では実際に各個人の心の動きについて口を閉ざしている感じがするからです。
 前回の「信仰の心理学(一)」では、「告白」の重要さについて書いたつもりです。「告白」の重要さについては、T・L・オズボーン、ケネス・E・ヘーゲンと良い指導者がいましたが、私はその重要さを永井明先生から学びました。
 その後、大胆にも10数年前、雑誌「恵みの雨」に「告白の力」を10回ほど連載しましたが、実はまだまだ勉強不足でした。しかし、あの小論を毎月載せてくれた当時の編集長辻潤さんの恩顧を忘れられません。
 ところで、今回の「信仰成長の心理学」に関して、その基礎理論ですが、実はここに「雲の間にある虹」という雑誌の7月号があります。この中にパウロ秋元先生が「あなたの御霊の賜物の発見と成長」という連載の第3回が載っていて、その第3回のタイトルが「霊、魂(知情意)、体」とあります。多分、今回私の言おうとしていることと同じだと思います。
 「霊、魂、体」の存在形式は、神様の三位一体に即して作られた人間の生存様式です。この「霊、魂、体」は互いに影響し合います。たとえば体で頑張る格好をすると、気分がシャンとします。お相撲さんがほっぺたを両手で叩くのがそれです。感情を処理する方法の一端が見えます。簡単です。
 私の十八番は「笑い」の高揚です。気分がすぐれない時、悲しい時、腹がたっている時、「ワッハッハハ」と笑うのです。悪い気分が一掃します。尚、その笑い始める時、「さあ、笑うぞ」と意気込むのが良いのです。その意気込む際の第一声が「ワッ」という発声です。つまり「ワッハッハハ」と笑い始めるのです。
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 信仰の第一歩、回心の時、私たちの霊の部分に聖霊様は宿って下さいます。「霊、魂、体」の中の霊です。
 魂という言葉は聖書では心と同じ領域をさします。日本人は霊魂と言って霊も魂もいっしょくたにしますが、聖書では違います。霊は人間の中心部分、自我そのものです。
 魂(心)は秋元先生のタイトルにあったとおり、「知情意」の3つの分野に分かれます。最も中心は意(意志)です。しかし、人を動かす大きな影響力は情(感情)です。意志は感情に勝てないのが普通です。しかし、聖書の言葉や、世の倫理道徳、世間の道理に従って知識を働かせ、意志を強く働かせると、昔のサムライが死の恐怖に打ち勝って武士の名誉のために切腹でもしたように、感情に大変化が起こるのです。
 知(知性)は真理を悟り、真理は神のご意志を明らかにします。この時、知性は彼が誤りなき人生を送るための有用な判別道具となります。クリスチャンは良き知性を働かせ、意志を有効に用いて人生に勝利を来たらせねばなりません。野球の打者に喩えれば、知性によって球を見分け、意志を振るって有効打を叩きます。この時、大ホームランをかっ飛ばすのは感情の大エネルギーです。
 感情は外部からの刺激により反動的に発動するのが普通です。しかし意志を有効に使い、体の部分も巧みに使うと、感情を変える事が出来ます。私が「笑い」を提唱するのは、笑いという顔の筋肉や呼吸機能を使うことにより、笑いがもたらす喜びの感情を呼び起こそうと主張しているわけです。
 しかし、もっと直接に意志を働かせ、感情を変える方法を私は自己説得法とか、自己命令法とか言って説明していますが、こうした方法論を書いた手軽な小冊子「誰でもできる『心の強化法』」をご参考にお読みください。
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 ところで、信仰により「霊」に聖霊様が宿り、信仰を持ったことを知的に自覚はしているのに、案外それを実生活の感情部門に何の影響をももたらさない人が多いのです。それは心の感情部分に感動が起こっていないからです。
 信仰雑誌などで、信仰を告白して喜びが爆発しているような証しを読むと、なんとなくやりきれない思いを持つ人がいます。特にこの世の煩いや、心配、怒りから解放されない方、心の中にひそむ憂欝、罪の思い、恐怖、性的圧迫、そういうものに付きまとわれて、罪責感や弱小感に苦しまれる方、そういう方々に信仰の喜びをなんとかして与えたいものです。
 この辺のことはマーリン・キャロザースの「心にひそむ罪」という本が明解にしているかと思います、また解決策も出されているはずです。加えて、私の提案を供したいと思います。
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 1冊の本があります。C・S・ロベット著「サタンに立ち向かえ」という本です。暁書房(マルコーシュパブリケーションの前身)発行です。残念ながら目下絶版。
 この本で教えられることは、他のキリスト教書でも滅多に見ることの出来ない内容でした。私たちが暗い気分に陥りやすいのは、私たちの古い性質の中にサタンが悪しき思い(言葉)が送り込むからである、というのです。クリスチャンたる私たちは霊においては聖霊によって聖別されています。しかし心の肉の領域ではまだまだ古い性質が残っています。そこにサタンが誘惑の悪霊どもを送りこみ、悪しき言葉を聞かせるのです。
 軍事用語に従えば橋頭堡と言いますが、よく知られている織田信長が木下藤吉郎に命じて美濃の領地である長良川のほとりの墨俣(すのまた)に造らせた一夜城が良い例です。他国の領地に出城を造り、そこを拠点として敵地を撹乱するのです。
 ローマ人への手紙第7章23節と、その前後をよくお読みになってください。そこには「内なる人(霊なる人)には善をしようという意志があるが、肉(肢体)なる私のうちに罪の子分が宿っていて、それが心の法則に戦いをいどむ」とあります。
 出城のなかにいる軍卒たちを外から指揮しているのは、墨俣の戦いで言えば織田信長です。この織田信長と援軍や軍事物資の輸送を追い払うことが子分どもを始末して、外に追い出す最も手っとり早い良い方法です。
 聖書的に言うなら、悪霊どもの親分たるサタンをまず私の周辺から追い払うのです。それがまず城内にひそむ子分どもを一掃する手初めです。
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 以上をまとめて書きますと、サタンは私たちの肉の心に悪しき思い(言葉)を送りこみます。その言葉と共に悪霊どもがもぐりこみ、私たちの心を占領します。昼となく夜となく、心配や不安、怒りや呪い、好色や貪欲、そうした悪いことばかりを考えるようになります。いくら考えまいとしても、この言葉の誘惑には勝てないのです。
 そういう時、まずサタンに既に勝利しておられるイエス・キリスト様のお名前によって「サタンよ、立ち去れ」と命じるのです。キリスト様は強い方です、キリスト様のお名前によってサタンは必ず遠くへ逃げ去らざるを得ません。そして悪霊どもも慌てて心の外に逃げ去って行きます。
 この時を逸せず、私たちは心の中に残っている悪い言葉を追い出すのです。つまり、サタンと悪霊どもによって荒らされた心の中に悪い言葉(思い)の傷跡が残っています。その影響が私たちの聖なる生活、愛の思いを汚し、喪失させます。そいつを追い出すのです。
 この作戦では意志が大事です。私たちの意志を働かせて、悪しき思いを打ち消すのです。思いは即ち言葉です。この言葉を打ち消す戦闘用具は同じく言葉です。私の小冊子「だれでもできる『心の強化法』」の中にある「自己命令法」(セルフコマンド法)を使って下さい。口で自分に向かってこう言って下さい。「わが魂に命じる。憎しみの心よ、消え去れ」等々。真剣な心で何度も声を出して叫ぶのです。こうすれば次々に悪しき内なる言葉を抹消できます。(未完、次回に更に具体策を書いて終ります)。《く》

〔あとがき〕
私の小冊子「笑えば必ず幸福になり」「だれでも出来る『心の強化法』」「ヨブ記説教集」は好評です。いずれも1冊100円、お申し込み下さい。▼妻トミはまだまだ意識の反応はにぶいですが、順調にリハビリできています。ご援祷ください。(釘宮生)
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by hioka-wahaha | 2005-07-03 00:00 | 日岡だより
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