No.447 日本古代の宗教意識を想う 2010.8.1

日本古代の宗教意識を想う

 今朝の早天祈祷の最後の時、エレミヤ51章を拝読した。ここで教えられるのは当時のイスラエルの人たちが偶像に心が傾いたことである。何故だろう。
 日本では朝鮮から仏教が入った時、日本の民衆は金で造られた仏像の美しさに心を奪われたと、当時の記録にあったように記憶している。それでは、それまでの日本人の宗教は大和の伝承の神道であったとして、たぶん原始的素朴な信仰スタイルであったのであろう。神像等があったとしても華美なものではなかったのであろう。そこで朝鮮から来た仏像にびっくりしたのだ。
 さてそれでは、その古代の大和民族が拝んでいた対象は如何なる物であったのだろうか。
 例えば、大木をご神木と唱えてこれを拝んだりしたのだろうか。あるいは石を、特に大きな特色のある岩などを拝んだであろうか。あるいは、既に太陽や月や山を拝む習慣ができていただろうか。
 それらの対象の奥に、なんらかの目に見えないものを想像して拝むという信仰も発生したかと推測できるが、そういう傾向は各民族の原始宗教のなかにも見られるかも知れない。
 目に見えない大地の底に、あるいは天空のかなたに、無限者の存在を尋ねた古代人が居たとすれば、これは興味深いことである。
 時間の移り変わりや、またその流れの基礎にどういうエネルギーがあるのか。どういう法則があるのか。そういう点に目を留めた宗教意識はあっただろうか。月日や年月の変転、そこから暦と、それにつらなる運命の変転を占う宗教の発生も伺うことが出来る。
 それを更に突っ込むと、時代の趨勢の背後に偉大な神の意志を悟ろうとしたイスラエルの預言者たちの宗教が生まれる。また更に、人類の終末的運命を読み取ろうとする使徒たちの信仰の源流を見い出すことができよう。《く》
 
 
(以下は1971年12月発行「我ら兄弟」第3号より)

いのちの初夜(1)

          

 「衝撃の告白、私の初体験!」というヤツを書こうと思う。
 ハンセン氏病作家北条民雄の小説の名前を借用すれば「いのちの初夜」である。
 別稿「目ざめ」の中で言えば、第一回の回心の記録なのである。できるだけ、くわしく書いておきたいのだが、その前文として私の「事業を活かす信仰」という小冊子の中の一文より少し抜き書きする。
      *   *   *
 僕は商家に生れた。父は本当にすばらしいクリスチャンだったが早く死んだ。父の兄にあたる伯父も無教会派の豪の者だった。
 この伯父は、父が死んだあとの我が家の商売を無私なる心で後押ししてくれて、僕がどうにか少年期を終える頃に死んだ。僕の母は善良だが根ががんこな、そしてぐちの多い教会信者。僕は母の故に教会信仰を嫌い、父や伯父の気風を受けついで預言者風の信仰を求めた。
 僕はひとりっ子として育ち、ひとりっ子らしく気弱い惰弱な人間だったと思う。そしてわがままだった。僕は小説家になりたくって進学を嫌った。
 母は僕を商科系の学校に入れたかったのだが僕はそれを避けた。進学しようと思えば、どうにか試験に受かるだけの学力はあったと思う。母はいつまでもそれを惜しがる。
 僕はそんな時に、否定的な態度をとることにがんこであった。気弱な人間が無理に豪傑らしく振る舞おうとするとそんなふうになるのらしい。
 はじめに書いた無教会の伯父は、大きく店をはっていた。伯父が死んで、僕の従兄がそのあとをついだ。従兄と言っても親子ほど年の違う人で、今考えれば本当に僕のためによくしてくれたと思う。その従兄の店に僕は商売の見習いに行った。商売の世界は僕にはなじめなかった。一年ほどすると、まったく息もつけないような気持になって家出をしたことがある。
 少年時代以来の親友M君が厭世哲学におちいって、敢然と(と僕にはそう見えた)自殺したのもその頃のこと。その影響から僕はますます暗い人間になった。折から日本は太平洋戦争に突入するという時代。僕は内村鑑三やガンジーやシュバイツアーの文章にあおられて反戦論者となる。
 僕が刑務所に入れられたのは、兵役法違反と出版言論集会結社取締法違反。いったい何をしたのですかと問われると、いつも困る。兵隊に行きたくないので自殺しかけたのだが、そう白状するのはまるで意気地なしのようでどうも恥ずかしい。
 僕が自殺するについては、吉田松陰などの影響もあって天皇や為政者への諫死という気分が多分に強かったのだが、そういうことを今言っても人は分かってくれまい。
 刑務所の中で僕は回心する。「愁いある獄にしあれど主によりて生かさるる身の幸に我が酔う」―――とうたった、僕のあの経験を今も忘れ得ない。
 僕の父は破産した逆境のさなか、きたない倉庫の中でむしろをしいて祈っている時、火事になったかと驚かされるほどの不思議な光芒の中に主の臨在を拝して回心したという。それほどの濃密な霊的風光ではなかったにしても、僕の当時の回心は明確であった。 *1

           

 もう一つ、書きそえておきたい。これも私の古い文章より借用する。
 キリスト教でいう「回心」とは何か。
 一般的宗教用語としての「回心」という言葉とキリスト教でいう「回心」とはちょっと違うように思う。また同じくキリスト教の中でも、普通の月並みな教会で使う回心と聖霊体験した人の使う回心とは大いに違う。
 私が「回心」という言葉を使う時は、ハッキリした瞬間的体験として使うので、これだけでも、ある人々にはショッキングであるらしい。私はしばしばこの体験を語って、月並みな信仰で満足しているまじめな信者さんに挑戦しておどろかせ怒らせ、また当惑させ悩ませた。これをしないと本当のキリスト教的な意味でいう伝道はできない、と私は思う。(つづく)
      (※以上は1971年の文章です。)
 
*1 「事業を活かす信仰」あとがきより。同じ文章が日岡だより381号に記載されています。
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by hioka-wahaha | 2010-08-03 09:42 | 日岡だより
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