No.442 目ざめ(2) 2010.6.27

(1971年12月発行「我ら兄弟」第3号より)

目ざめ(2)

 あの輝かしい回心経験は何であったろう。私はキリスト教的世界に住んで、キリスト教的回心を求めていたから、ひとたび回心経験を得ると、それを即座にキリスト教的用語と教義で粉飾させ、その中に陥没した。・・・・・・と、今私は反省する。そういうキリスト教的粉飾物をはぎ取って、そのあとに残る素っ裸の回心、それは何であっただろうか。

          二

 最近、中野英賢という比叡山の僧侶の人の話を読んだ。この人は、百日回峰行、好相行、十二年籠山の三つの行を了えた、すごい坊さんらしい。この中で好相行というのは五体投地して仏を礼拝すること一日三千回、唱える仏の名も何百か何千かで十日か二十日もたつと声もかれはて、膝はすりむけて血まみれになり、立ったりかがんだりしながら眠ってしまうというような苦行らしい。そういう難行苦行を四十日せよとか、百日せよとか日限をきっての行なら張り合いもあるが、この行は「仏の顔を見るまで」という期限。仏の顔を見るとはどういう事か。それも多分教えてくれまいし、また教えようとしても教えられることでもないのだろう。訳も判らぬまま大決心してこの礼拝行に入るものの、三十日たち四十日たつと、ハテサア仏さまなんてあるのかいな、こんな阿呆なことせんともっと社会の役にたつような立派なことがほかにありはせぬかと、迷いが生じてくる。そういう迷いを通りこして、何もかも仏におまかせした平安境に入り、そのあとすぐ天地万物すべてのものが光り輝いて見えるという大歓喜の世界に投げ込まれたとのことである。
 右のような神秘的境地を私はよく先達者たちの伝記でも読む。それは実に、パッと目ざめたような心境。その寸前までとは全く違った心の世界に立っているのである。これは、数年前、中野(奇しくも同じ姓だが)昭二君が体験したところに似ている。彼は、何の難行も苦行もしなかったがただ、心中切なる宗教的求安心があったことは事実だろう。その彼がある朝フト目ざめた時、自分自身が昨日までと異なる世界に住んでいることを悟った。外に見える一切のものが聖なる光輝に映えていた。内なる自分の心に、平安、確信、勇気が実在感をもってずしりとあった。それを彼は、「霊」だと直感した。神がすべてを為したもうたと信じられた。神に愛されている自分、そして他を愛せずにはいられない自分の愛の心に驚いた。当時流行した歌
 「愛しちゃったのよ・・・・・・」
 「骨まで愛して・・・・・・」
 という歌が涙ながらに口ずさまれた。そういう尊い体験を彼はしている。これをさきの彼と同姓の英賢坊さんの難行苦行と比べあわせると、彼の経験は何たる恩寵かと思う。彼は、何の難行苦行もなくて、かの好相行と全く同質の目ざめを経験していたと云わざるを得ないではないか。

          三

 回心という言葉を、私はキリスト教用語の中で習い覚えて使ってきた。普通の教会では、この言葉は古い生活態度・心の向きを変えて、キリスト信仰に踏み切る決心をしたときのことを指す。私はそういう用語もあることを認めはするが、それは信仰経験としてはすこぶる浅い、信仰以前の段階としてみている。
 本当のキリスト教的回心とは、前にのべたルター的義認信仰・・・・・・それはパウロ、アウグスチヌス、内村鑑三というような系譜に見られる福音主義の信仰への目ざめをさすのだと思う。(それはパウロ流に言えば、目からウロコが落ちるような、モーセ流に言うなら、前の皮を切って本物が露呈してくるような、心の経験である)。私は、それをしか回心と呼ばなかったし、その回心なくしてはお弟子さんたちに洗礼を許すことはなかった。先達の回心者のみが、後進の回心者のその回心の真実性を証することができる。その秘儀は、禅の印可や、前述の好相行における「真に仏の顔を見たかどうか」を見届ける先輩僧の役割などに見られる心技と同一の事である。
 さて、この回心(コンバーション、メタノイア)という言葉には悔い改めという(聖書ではメタノイアをほとんど悔い改めと訳している)語感からも感じとれる精神の回帰現象を想像しやすい。たしかに、倉田百三が言ったように、生まれぬさきから知っていて、スッカリ忘れていた国に帰ったような、そういう帰郷感が無いでなかろうが、それ以上にハッキリした感じは、前述した目ざめの感覚だと思う。
 私は今にして思う。私の最初の経験は、それまで全く想像もしていなかった性質のものであった。考えてみれば全く見当違いの熱望をもって求道していたわけである。それが「汝らの思いにすぐる」(ピリピ書四の七参照、これは量的思いちがいでなくて質的思いちがいをさすのである。)平安をもって内面をみたされてしまうということがおこる。それと同時に、外面の万有一切の姿が親愛の情をもって寄りそってくるような風光を感じはじめる。
 この回心体験の中心の一点に、あらゆる宗教的体験者の報ずる処の一切が帰一するように思う。ところが、その体験をそれぞれ固有の神学、教義、用語でしゃべりはじめると、やれ罪の赦しだの、やれ奪還説だの、見性だの、天地一体観だの、大歓喜だの、とその差異を告げはじめるのである。悲しく、また不思議なことではないか。

          四

 畳に灰をまきちらした時、昔の人は塩をまいた。灰は塩になじんでコロコロした塩のかたまりになり、畳の目の上に浮き上がってしまう、それを箒で掃き集めてきれいにするのである。机の面が汚れたとする。ゴムネンドやセロテープのようなもので一度面をおさえつけてしまう。そしてピッとはぎ取ると汚れも一緒に取れてしまう。正統的キリスト教の伝道法にはそれに似たようなところがある。
 清純無垢な少女に「あんた心で人をにくいと思った事あるでしょう。それ罪です。あんた、キレイな人をねたんだことあるでしょう。それ罪です。そんなのみんな原罪です。あんた虫も殺さんような顔をしてはるけど、魂をレントゲンにかけたら世界一の罪人です」と毎日曜いじめていじめぬくと、世にも純情な娘さんは半年もせぬうち、罪!罪!罪!と悲惨な罪意識で半死半生のもだえ方で苦しむようになる。そこへ妙薬のイエス・キリストの十字架を持ってきて十字架信仰で回心させようと計る。いささか戯画化して描きすぎたけれど、これがいかに深刻でまた正しい道であるか、私はいわゆる正統派クリスチャン以上に知っているつもりである。それは私の青年時代の体験そのものであったから。(つづく)
(※以上は1971年の文章です。)
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by hioka-wahaha | 2010-06-29 12:57 | 日岡だより
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