No.437 ペンテコステの恵み 2010.5.23

ペンテコステの恵み

 本日は、教会暦では「聖霊降臨日」(ペンテコステ記念日)です。ある意味では教会暦の中で最も大切な日です。
 最も大切な記念日と言えば、私の伯父の釘宮徳太郎は「クリスチャンにとって一番大事な日は復活節」と言って、彼の主筆誌の名も「復活」、何を言う時にも、出てくる言葉は「イエス・キリストのご復活」でした。
 もちろん、クリスマスも大事な日でした。しかし、伯父にとってはクリスマスより復活節のほうが大事だったのです。この辺の説明は本日はしませんが、なぜでしょう、課題として、皆さんも考えてください。そして、もう一つの課題。
 それは、今日の「聖霊降臨日」(ペンテコステ記念日)です。今日、一番よく知られているのはクリスマスでしょうが、その次には復活節(イースター)ですね。そして、第三が本日の「聖霊降臨日」(ペンテコステ記念日)です。これは世間ではほとんど認知されていません。これがもう一つの課題なんですね。
 この聖霊降臨ということがなければ、私たち人間にはイエス様の本当の真理が分からないのです。ここが大事な所です。神様のこと、イエス様のこと、これらはすべて人間にとって難問です。これらの信仰の神髄が人間に分かるのは、ただただ、御聖霊の降臨と言うことが起ってからなのです。
 牧師の説教をいくら詳しく聞いても信仰のことがよく判らないのは、その人に御聖霊の降臨という事が個人的に起っていないからです。御聖霊の個人的降臨あって初めて真の信仰が明らかになるのです。《く》


(以下は1969年10月発行「我ら兄弟」創刊号より)
【日記】9(1969年)

 この老兄に返書を呈す。こちらの字が拙いので気が引ける。一度会ってみたい人だ。上手いというより、清潔、無邪気、枯淡な文字であって、文章を読むよりは文字を見ているのが楽しみな人だ。
 
9月2日(火)小雨のち晴
 有難うございます。今日もまた、主の「創造」の一日が始まります。
 古きものの「繰り越し資産」によらず、まったく新しい主の創造の生命により今日を生かされるのであります。
 朝、K姉を見舞う。付き添いのご母堂としばし話す。よき旧き日本婦人の型である、会っているだけですがすがしい。清浄、すがすがしさ、枯淡、わび、茶道などが持っているある悠遠なるリズム、これは日本の誇るべき遺産である。そこで思う、これらを土壌として主が育てなさるキリストの新生命を見よ! そう言いきれる我らでありたい。
 伊予三島の金田牧師、岸和田の仲氏に電話を入れる。金田先生のお声を聞いて嬉しかった。仲氏は伏せていられた、お体が弱っていられるのであろう。ご回復と「ともしび社」のために切に遠祷す。
          ×
 夜S夫妻来訪。俗事と信仰談と入れ混じって夜半をすぎ一時になってしまう。
 
9月3日(水)晴
 山本先生より、かねて頼んであった希英対照新約聖書が昨日着荷した。ぼくのような無学ものにはまことに便利、さっそく今朝はヤコブ書を勉強する。当時の使徒たちの「自由」とは今ぼくらが考えるようなものより、もっと肉体的具体的動物的でさえあったのだと思う。
 午前中、散髪と商用。最近気が長くなってあちこちでの雑談で時間を食う。そのあいまあいまにS君の金のことをどうしたらいいかとその想念去らず。朝食抜きのまま午前中を過ごした。午後は在社して執務する。
 来る筈の客が来ないので社長室に引きこもり、またぞろ東北のK君に手紙を書く。私もK君の件には憑かれてしまったみたいだが、大独占企業と、安定せる高給サラリーマンの間の谷間で、食う米にも事欠く零細家業者の、霊肉一体の救いという事を追求する時、ことはただK君一人のことではない、私の魂は燃えざるを得ない。
 夜、交通事故のK姉を病院に訪問、8月24日の第一回集会のテープを持って行く。よその人も聞いてくれればよいと思う。伝道の一助になろう。
 
9月4日(木)晴 残暑35度
 午前中、県庁に立木副知事を訪ねる。最近のお嬢さん方の様子を聞き嬉しかった。特にお妹さんのフランス留学の話は、雄々しくて聖潔な感じ、サムライの娘がカトリックの清潔さを身につけたような感じで、聞いていてなぜか涙ぐむ。
 私がまだ青二才で社会事業のまねごとをしていた頃、その頃立木氏は社会課長として私の唯一の理解者であり、また恩人でもあったといえる。その頃
 「釘宮君、あの子が聖歌々手になりたいなどというてねエ」
 とまだ小学生だった下のお嬢さんの事を話してくれたものだ。あるいはクリスチャン青年としての私の噂などが間接的に影響していたかもしれぬ。(間接的影響といえば、当時高校生であったH君が共産党に入ったのも、私のせいもあるらしい)
 そういうことはどうでもよいが、ヨーロッパの空の下で宗教音楽やドビュッシーなどの声楽に精進していらっしゃるというマドモアゼル・タキよ、日本のサムライの娘よ、私は日本はおろか、九州もなかなか出られぬ男ですが、魂はこの国を脱出してはるかかなたパリの上に飛び、あなたのファンになりますよ。
 正午、お二人の婦人のお見舞いを受け、妻を伴って四人で会食す。そのあと、応接室(兼私の部屋)でお二人の話を聞いているうち、ついウトウトとして眠気ざし、しばらくしてあわてて目をさましたような始末で実に失礼な話。生理的には食事後の満腹のせいであろう。
 眠っている間、お二人の会話をベースにして、全然別の会話を聞いている。それは教会の尖塔をめぐって二人の天使が、会堂より聞こえる聖歌隊の合唱を聞きつつかわす会話である。
 「終末が近い、地球の終末がちかい」
 「こんなに善い人たちもいるのだ、何とかして救いたい、この純な魂の人々―――」
 そういう会話をもっとリズミカルな天的なハーモニーで聞くのだ。たぶん午前中の立木さんのお嬢さんの話が素材となり、前にいるお二人の会話をベースにして深層意識から浮かびでてくる一種の霊夢なのであろう。すがすがしい夢であった。
 長女きたり、私の原稿についてタイプの打ち合わせ。むかしの私のきびしかった伝道時代の思い出ばなしを親子で飽かず話す。信ずるものにとり「凡ては善なりき」といえる我らは幸いである。(つづく)   
(※以上は1969年の文章です。)
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by hioka-wahaha | 2010-05-25 12:35 | 日岡だより
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